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続々・夜行 1

暖かな手。
優しい声で眠るように言われて、エスメラルダは瞼を閉じた。
『もう私から離れないでね』
その声に彼女は、朧気にしか覚えていない母親が傍にいるのだと思った。
だが、何かが心の中で引っかかった。
誰かが自分の手を握っている。
その温もりが、自分の知っている人物を思い出させた。
(一輝……)
でも、彼の姿は何処にもない。
自分はまた、彼と離れることになったのだろうか。
「ごめんなさい……」
エスメラルダは涙が溢れて止まらなかった。


女神の白い翼を持った王妃レダは、子守歌を歌ってあげている少女が涙を零していることに気が付いた。
起こしてあげようかと、彼女は少女の頬に軽く触る。
その時、部屋の扉が開いた。
『ポリュデウケース……』
閉じ込めていた筈の息子が、少女を抱き抱えて部屋に入ってきたのである。
「母上。ヘレネはどうしましたか」
彼の言葉に王妃は、膝枕をしてあげている少女の方に視線を移した。
『ヘレネは眠っています。
クリュタイムネストラー。母の傍を離れては駄目だと言ったでしょう』

絵梨衣を見る王妃の表情に変化が現れる。
彼女はサガと絵梨衣の後ろに居る人物に気がついたのだ。
『カストール……』
漆黒のマントを被った青年。
ポリュデウケースと同じような姿をした人間の青年の登場に、彼女は目を見開く。

そして王妃レダは絶叫した。

その声に共鳴するかのように、周囲の壁が震える。
「彼女を守れ!」
サガの合図に、カノンが行動を起こす。
彼はエスメラルダを担いで、強引に彼女から引き離したのだった。


何かのタガが外れたかのように叫ぶ王妃レダ。
部屋の外に居た氷河は、その声に昔の出来事を思い出した。
母親と乗った船が沈もうとした時、やはり同じような絶望の叫びをあげていた女性がいたのである。
「絵梨衣、協力してくれ!」
サガから絵梨衣を受け取ると、氷河は彼女の手を取り王妃に近付いた。
「氷河さん……」
「絵梨衣は俺の後ろに居てくれ」
彼は恋人を背に庇いながら、王妃に話しかける。
「王妃レダ。女神ネメシス。
彼女は俺が守る。 だから彼女らの未来を悲観しないでくれ」
その言葉に王妃の声は弱くなっていく。
壁の共振も収まりつつあった。