『あの場所の守護者が来たようです』 アンドロメダの聖闘士と猛き獅子の勝負は意外な展開を迎える。 それを見ていた女神ニュクスの声は、非常に落ち着いていた。
自分たちを取り囲む黒い犬の群れ。 それは数十頭にも及ぶもので、あきらかに武装した獅子の方が戸惑っていた。 岩の影から籠をくわえた犬が現れる。 それは瞬を神殿へ案内した母犬だった。 籠の中には産まれたばかりであろう小さな子犬が数頭か弱く鳴いている。 「もしかして……、ここにいるのは皆、貴女の子供達ですか」 瞬の問いかけに、母犬は彼の方をちらりと見た。
ようやく女神ヘカテが口を開く。 『キュベレー様、この勝負は一旦引いた方がよろしいのでは。 母親や兄弟達が我が子兄弟の命を繋いでくれた者に恩を返そうというのです。 この私でも止めることは出来ません』 女神ヘカテの言葉に、女神キュベレーもまた自分の分の悪さを認識はしていた。 しかし、もうすこしで欲しかったものが手にはいるかもしれないと言う希望が捨てきれない。 女神キュベレーは睨むように瞬を見た。 その厳しい眼差しは、殆ど敵扱いである。 そこへ女神ニュクスが沙織に話しかける。 『向こうではなにか面白い話をしていますね』 床に別の映像が小さく映し出される。 そこには美穂と春麗がいた。
テティスが席を離れた為、二人の闘士は周囲の状況が分からなくなってしまう。 そこで春麗に状況を聞くことにした。 そんな中、美穂は誰かと動物の話をしていた。 「私の住んでいる国には、小さな犬がいますよ。 猫は……、近所のひとが飼っている猫は大きいです」 身振り手振りで話しているのを見ると、結構盛り上がっているらしい。 「いいえ。身体は小さいですが立派な成犬です。 他にも色々な日本犬がいます。 それから【忠臣は二君に見えず】という性質の強い子だと、決してほかの人からご飯は貰わないそうです」
美穂の言葉に女神キュベレーの顔色が変わる。 一人の人物を主としたら、他の者の下にはつかない。 どんなに状況が変わろうとも、自らの主は女神アテナのみ。 それが聖闘士として生きてきた者の真理ならば、既に勝負はついている。 たとえ力ずくでカメレオン座の聖闘士を得ても、もし向こうがアテナに忠義立てをして自害すれば自分は愚か者と言われても反論が出来ない。 彼女は沙織の方を向く。 その視線に沙織は静かに答えた。 「あの者は姉弟子を奪われるくらいなら、覚悟を決めて物事を処理するでしょう」 女神キュベレーは再びヘカテの神獣に囲まれている自分の獅子を見たのだった。
女神の犬達は一歩一歩、獅子を追いつめる。 そこへ軽やかな鈴の音が響いた。 この瞬間、犬達は一カ所だけ道を作る。 そして獅子は、その道を通ってその場を離れた。 全ては劇の一場面のよう。 瞬は茫然とした面持ちで、獅子が去って行くのを見送ったのだった。