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続・夜行 2

沙織は何事も無かったかのように、女神たちの前に立つ。
「ニュクス様。こちらの杖をお返しします」
エリスから預かっていた白い杖を、彼女は前に出した。
杖は静かに空中を移動し、夜の女神の手に戻った。
夜の女神は自分の子供が帰ってきたかのように、杖を優しく撫でる。
「ところで、いきなり宴から離れたと言うことは、何か他の方々には秘密にしておくべき事が起こったのでしょうか」
沙織の疑問に、一柱の女神が口を開いた。
獅子の意匠が施された武具をまとう女神キュベレー。
彼女の傍に一頭の大きなオスのライオンが現れた。

『この子は私のお気に入り』
美しい黄金の鬣に堂々とした姿に、沙織もこれ程までの存在を見たことはないと感じた。
するとキュベレーは沙織に対して、奇妙なことを言った。
『貴女の所にいる獅子を、この子の嫁にしたいの』
沙織は何の話なのかさっぱり分からない。
「私の所の獅子ですか?」
占星術で獅子座に該当する聖闘士は、全員男の筈である。
しかし、嫁に欲しいと言われかねない理由を持つものが一人居る。
「お言葉ですが、今の獅子座の聖闘士はアイオリアという女名前ですが性別は男子です。
いくら何でも嫁は無理でしょう」
その返事に、女神キュベレーの表情が変わった。
『誰のさしがねか知りませんが、その女名前には騙されました。
ですが、今度はちゃんと調べました。
貴女の所にいる【地の獅子】は女でしたね』

地の獅子(カメ−レオン)の名を出されて、今度は沙織は表情を変えた。
女神キュベレーの目的が嫁取りなのか、女神ヘカテに関わった聖闘士を欲しいと言っているのか。
どちらにしても面倒な事態である。
しかし、ここで断っておかなければ、問題は長引くばかりで解決出来ない。
「カメレオン座の聖闘士に関しては、既にアンドロメダの聖闘士に任せています。
その命令を覆すつもりはありません」
彼女はきっぱりと断ったが、相手は既に予測していたのか諦めようとはしない。
『カメ−レオンは南方の土地神から、“死からの再生”に関わる言霊を得ていると聞きます。
冥界をこれ以上刺激するのは避けるべきではないですか』

女神キュベレーの言っているのがアフリカの方に伝わるカメレオンの伝承だということは、沙織も分かった。
信仰する人間達の行動範囲が広がると、女神たちも色々な話を耳にする事になる。
特に女神キュベレーは、獅子の事に関してはどの様な情報でも耳を傾けるだろう。
女神ヘカテと女神ニュクスは、この会話を静かに聞いている。
太古の女神達は何かをしようとしているのか。
沙織には彼女たちの思惑が分からなかった。