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続・夜行 1

早くこの場から離れたい。
しかし、足がすくむ。
絵梨衣が暗い部屋の中で身動きがとれなくなっていると、突然、建物全体が揺れる。
彼女はその場にしゃがみ込んだまま、頭を両手で抱えた。
周囲の壁からは、ヒビの入る音が聞こえてくる。
早く逃げなければと思いつつも、恐怖と疲労感で動くことができない。
(氷河さん。氷河さん!)
恋人の名を繰り返し口にしたとき、誰かが絵梨衣の体を抱き上げた。
「えっ……」
いったい誰なのかと、絵梨衣は相手の顔と部屋の様子を見る。
すると、先程まで縛られていた人物の姿は鎖ごと無かった。
「とにかく大人しくしていてくれ」
相手はそう言って素早く部屋から出る。
「……カノンさん?」
「違う。だが敵ではない」
この返事に絵梨衣は、どう信じたらいいのか判断がつかなかった。


アイオリアの触れた所から迸った光は、ただの岩と思われた空間を切り裂く。
その内側から現れたのは、本物であろう女神ニュクスの神殿であろう建物だった。
「キグナス。入るぞ」
カノンは黒いマントに身を隠しつつ、神殿の内部に入った。
「おい。アイオリアとアイオロスは!」
光をまともに喰らったふたりの聖闘士の姿は、光が消えた後どこにもいない。
「向こうは正真正銘の黄金聖闘士だ。あれくらいの事は対処できる」
その断言に氷河は納得すると、カノンの後を追う。
暗い神殿内部に、時々光が走る。
それは何処かへ案内をしているかの様な動きだった。


崩れゆく建物。
絵梨衣の脳裏に忌まわしい記憶が蘇る。
争いの女神が氷河たちと敵対したときの出来事は、未だに彼女の心に深い傷跡を残していた。
(氷河さん。来ちゃ駄目!)
もう二度と彼を傷つける様なことはしたくない。
でも、会いたい。
涙が堪えきれずに零れ醉うとした時、その声が廊下に響いた。

「絵梨衣!」

彼女は驚いて声のした方を向く。
「氷河さん……」
キグナスの聖闘士は、素早く二人に近付く。
先程まで捕らえられていた人物も、そのまま絵梨衣を彼に渡した。
「絵梨衣……。大丈夫か」
大切な宝物が手に戻った。
氷河は彼女の存在を確認するかのように、腕に力を込める。
「氷河さん……。氷河さん」
絵梨衣もまた驚きと嬉しさで涙が溢れて止まらなかった。

弱い光が神殿の壁の中を走る。
揺れは既に収まっていたが、何処かで小石の転がる音が聞こえてきた。
「カノン……」
相手はとても驚いていた。
その反応が、彼を苛立たせる。
「サガ……。貴様という奴は!」
怒りのあまり必殺技を使おうとした兄弟を、サガは腕をつかんで止めた。
「待て。今は騒ぎ立てるな」
この時カノンは、サガの両手首に鎖が付けられていることに気がつく。
「何だ、これは」
「……王妃が"私"に気がついた為、閉じ込められていただけだ」
彼の言葉に、絵梨衣が青ざめたのだった。