床には暗黒の空間が浮かび上がる。 このとき、氷河の耳に懐かしい恋人の声が聞こえてきた。 (絵梨衣の声だ!) 間違えるはずが無い。 そうなるとシュラの居た場所に浮かび上がった黒い空間は、本当に女神ニュクスの世界なのだろう。 氷河は自分の判断を微塵にも疑わなかった。 「女神ニュクスの所へ行ってくる」 「氷河!」 アイザックの止める間もなく、彼は黒い空間へ飛び込む。 床は氷河を飲み込んだ後、仄かに白い光を放つ。 するとクラーケンの海将軍はカノンの方を向いた。 「シードラゴン、獅子座。 これを身につけて行け!」 そう言って、絵梨衣の部屋から持ってきた漆黒のマントをカノンとアイオリアに向かって放り投げたのである。 「!」 「えっ?」 「女神ニュクスの世界は、招かねざる者たちは瞬時に排除される。 だが、そのマントを身につければ自由に動けるはずだ。早くしろ!」 アイザックの言葉が終わるか終わらないかという時には、既に二人の闘士は行動を起こしていた。 氷河の後で、二つの巨大な小宇宙を有する人間を飲み込んだ空間は歪み始める。 光が無軌道に走り、壁にヒビが入り始めた。 「やっぱり負荷が大きかったみたいだな」 残された闘士たちは状況を的確に判断すると、外へと移動したのだった。 |
湖の氷が無数に砕け、湖底から僅かに光が漏れた。 「遺跡が崩れたみたいだ」 バイアンの言葉にアイアコスはガッカリした。 「詳しく調べれば、面白そうなものが見つかりそうだったのに……」 しかし、呪術の影響が残っている遺跡など人間の手に負えるものではない。 それはアイアコス自身にもよく分かっていた。 「あれはもう仕方がない。 水の中に沈めるのを前提とした遺跡は、開けたときから崩れるよう設計されている」 ミロは海将軍の慰めの様な言葉に首を傾げた。 「どういうことだ?」 「どうもこうも、最初から崩すために作られていたということだ」 シーホースの海将軍は腕を組み、やや考えながら答えた。 「多分、あそこには絶対に取られたくはないか知られたくはない何かが入っていたのだろう。 そういう場所に部外者が侵入すると遺跡の防衛システムが作動する。 大掛かりだが意外と有効なのは、遺跡を水の中に沈めることだ。 だが、それでも人間が入ったときは人間側にそれだけの技術があるのだから、あとは遺跡そのものを壊すしか手段はない。 今となっては、あの場所に何があったのかは分からないが……」 彼らが会話をしている間にも、氷の割れる音が湖周辺に響いた。 こうなると先程までいた遺跡は、跡形もなく無くなっていることは容易に想像がつく。 「もしかすると、重要だったのは女神ニュクスの許へ行ける呪術の紋様かもしれないな。 何にしても遺跡は消えたと言うことだ」 アイアコスはバイアンの説明で合点がいった。 (あの遺跡が守りたかったのは、二人の少女かもしれない。 ただ、もう既にディオスクーロイたちによって連れ去られたが……) 彼らの目の前で、凍った湖は幾つもの光を放つ。 それは幻想的でもあった。 |