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招待 2

「うわぁぁ!」
瞬は思わず声を上げる。
そして落下と浮遊感覚の奇妙に入り交じった状態の終わりは、見知らぬ空間への着地だった。
「ここは……」
薄明かりの中、周辺には大きな岩がたくさん見えた。
とにかく岩だらけで、草木のようなものはない。
彼はどうしようかと周囲を見渡す。
(あれっ?)
少し離れた岩の傍に、一匹の黒っぽい犬が居た。
妊娠をしているらしく、身体は痩せていたがお腹が大きい。
犬は瞬の方に気が付いていたが、近づくことも逃げることもしなかった。
(もしかして、お腹が空いているのかな?)
彼は犬の方へ近づいたが、一定の距離になると犬は瞬から離れる。
しかし、逃げようとはしない。
再び瞬が近づくと、母犬は距離を取る。
そんなことを二・三度繰り返したあと、瞬は母犬への対応を変える事にした。
「ここに食べ物を置きます。 取りに来てください」
その場で籠を地面に置くと、瞬は犬とは反対側の方へ離れた。
母犬は暫く籠と瞬の方に鼻を向けると、ようやく籠に近寄る。
しかし、警戒心が強いのか母犬は直ぐには食べようとせず、匂いをかいでいた。
そして籠の取っ手をくわえたのである。
(気に入ったのかな?)
老婦人が植物の蔓で出来た籠に手作りのクッションを入れて作ったものである。
(ちゃんと説明すれば、分かってくれるかな……)
瞬は心の中で老婦人にどう言おうかと考えた。
古き女神を祭る祠に籠ごと置いて戻ってくるよう言われてはいるが、 こちらから母犬に供え物を渡しても良いとは言われてはいない。
しかし、痩せた母犬を目の前にして、何もしないというのも彼には出来ない話だった。
そんな彼の様子を母犬がじっと見ている。
「僕は大丈夫だから、持っていって良いよ」
そう声を掛けると、母犬は何度も首を動かした。
それはまるで瞬に話しかけているようにも見える。
「もしかして、付いて来いっていっているの?」
その言葉に母犬は首を縦に動かし、ゆっくりと歩き出す。
彼は不思議に思いながらも、母犬の後を付いていく事にした。

行けども行けども、そこは岩だらけの場所が続く。
なにか目印が無いと、あっと言う間に方向感覚が掴めなくなりそうなほど変化の少ない風景。
しかし、母犬は迷うことなく歩く。
(どこへ連れて行くのだろう……)
既に帰り道も分からないのだから、彼としては案内者に任せるしかない。
母犬は時々、瞬がちゃんと付いてきているのか確認をするように後ろを向く。
その姿に、瞬は彼女が自分を助けてくれているような気がした。

どれくらい歩いたのか時間感覚も掴めなくなった頃、やたらと目立つ岩の後ろに母犬は隠れる。
瞬は見失わないように岩に近づいた。
「あっ!」
そこは崖になっており、母犬の姿はない。
それ以上に彼を驚かせたのは、崖下にある巨大な神殿だった。

『ハーデス様の隠れ兜の影響で、目くらましが利かなかったか』

いきなり背後から話しかけられて、瞬は慌てて後ろを向く。
そこにいたのは銀髪の青年神だった。
「タナトス!」
『様を付けろ。 タルタロスに落とすぞ』
その言い方に、瞬は何処だか分からない花畑にいた冥王を思い出してしまった。