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続々・親友 8

女神ヘカテの神殿に竪琴の哀切なるメロディが響く。
ソレントはオルフェの奏でるメロディを複雑な思いで聞いていた。
女神アテナも少女達も静かに聞いている。

(オルフェウスと似ている気がするが……。
こっちの方が落ち着いているな)
恋人がいるかいないかの差なのだろうかと、彼は結構失礼なことを考えていた。
既に聖域側の人間は周囲には居ない。
そして曲が終わったとき、彼らの許に一人の人物が近づいてきた。
「テティス……。
どうしてここに?」
人魚姫の鱗衣をまとわず、少女達よりも簡略された服を身につけている女性。
ソレントは思わず仲間に声を掛けた。
そして慌てて美穂の方を見る。
だが、彼女の存在に驚いているのはセイレーンの海将軍だけではなかった。

「精霊さん!」
春麗も意外な人物に驚きの声を上げる。
美穂は何事かとビックリして、全員の顔を見回したのだった。
「何かあったのですか?」
沙織がテティスに直接尋ねる。
その表情は固い。
それだけでも人魚姫の海闘士は、ここが勝負どころなのだと分かった。
女神アテナが嫌がれば、自分はこの場を離れなくてはならない。
テティスは静かに口を開いた。
「みなさま、驚かせてしまって申し訳ございません。
ただ、我々も万全の体制で望む必要があると判断する出来事がありましたので、みなさまが聖域に戻られるまで警護の任に付く事を何卒お許しください」
その口上に沙織はソレントの方を見る。
しかし、今更ではあるが彼もまたジュリアン=ソロの知り合いである美穂の前で迂闊なことは言いたくはない。
ところがオルフェはテティスの訪問を喜んでいた。
「夜の闇が深くなってきますから、女性の護衛者に来て貰えて助かりました。
よろしくお願いします」
それは真っ当な理由だった。

美穂から見れば聖域側の人間はオルフェのみで、他のメンバーは客人である。
その彼が了承したのだから、沙織が口を出す謂われはない。
(パラスが思い出してくれれば……)
こんな回りくどい事をしなくて済むと思いながらも、やはり再び居なくなられるのは怖い。
(……)
思わず美穂の様子をじっと見てしまう。
「……」
美穂もまたその視線に気が付く。
すると春麗が美穂にテティスの事を説明した。
「精霊さんは海の警備をしている女性なのよ」
未だに自分のことを精霊と呼ぶ少女に、テティスは複雑な表情になった。

太陽が沈んでその残光も徐々に闇に飲まれようとしている頃、カノンは聖域にいた。
「カミュ。待たせたな」
彼は水瓶座の黄金聖闘士が居る部屋のドアを開ける。
「こっちも準備がちょうど出来たところだ」
カミュはそう言って、カノンに一つの大きな籠を渡す。
「なんだ。これは」
「弁当だ。 アイザック達に渡してくれ」
真顔で言われて、カノンは相手の顔と手に持っている籠を交互に見た。
「何だと……」
「反論は聞かない。
女官達に彼女の着付けを口添えするとき、代わりに頼み事をすると言ったはずだ」
「俺にデスクィーン島へ行けというのか」
「他の者たちは色々と手が放せない」
カノンとしては何か納得しかねる返事を聞かされたが、それ以上何も言わずに籠を持って部屋を出る。
(あとは向こうが動き出すのを待つ)
絶対的な強者である夜の女神側が動かなければ、人間側にはどうすることも出来ない。
ならば強いて結論を出さずにおく。
それは一つの賭でもあった。