「女神エリスの依代である少女が、女神ニュクスの世界に捕らえられている。 それを助けに行く」 クラーケンの海将軍が個人的に動いている理由を聞いたとき、カノンは自分でも驚くほど落ち着いていた。 「女神ニュクスの所へ行けるのか?」 その問いにアイザックは首を横に振る。 「それは正直言って分からない。 もしかすると、もう既に女神ニュクスの所へ行く道は閉ざされているのかもしれない」 その気弱な言葉に、カノンは静かに告げる。 「だったら、強引にでも開けろ」 「……」 「その目的が大切ならば、あらゆる可能性を実行しろ。 絶対に躊躇うな。 もし、邪魔者がいるのなら全力を持って排除しろ」 しかし、それはカノンにとって、自分自身を抑えるための言葉だった。 それを察したのか、アイザックが厳しい眼差しでカノンを見る。 「シードラゴン。後悔はしないのか?」 動揺させる言葉をわざと言っているのかと、カノンは苦笑いした。 「……カミュから何を聞いたのかは知らないが、既に俺とサガは袂を分かっている。 サガの為に俺が動くということはない」 これ以上言葉を続けると無様な言い訳になりかねない。 そう思ったカノンは、踵を返してその場から離れる。 アイザックもまた、彼を引き留めたりはしなかった。 偶に思い出すアイザックとの会話を雑念と振り払い、カノンは聖域の様子を見て回っていた。 聖域側の人間達は、最大限の努力をしているのだろう。 カノンは"女神の宴"に対する神官や女官達の姿勢に文句を言う気は更々ない。 ただ、彼らの様子を見ていると、危なっかしいものも感じていた。 「宴を行う場所には、いつ頃行くんだ」 カノンに聞かれてソレントは 「日が落ちる少し前と聞いています」 と、答える。 「そうか、わかった」 「いったいどうしたのですか?」 本来なら古代ギリシャ風の衣装を着る予定だったのだが、ソレントは馴れない服装では意識が散漫になると下手な言い訳をして普段着で参加する事にした。 セイレーンの鱗衣ではどうかとも教皇シオンに言われたが、海皇の言った"好ましくない勢力"の影が掴めない以上、彼はソレント個人という立場を選ぶことにしたのである。 鱗衣が正装扱いになればいいが武装扱いにされて、ロクでもない言いがかりは避けたいというのも本音だった。 「セイレーンは宴へ参加するが、平気か?」 カノンの問いの意味が分からず、ソレントは首を傾げる。 「分かりやすい質問にしてください」 「……分からなければ、それでいい」 カノンはそのまま部屋を出た。 (セイレーンと琴座の聖闘士がいれば、確かに女神も少女も安全だろう) だが、カノンにはどうしても気になることがあった。 闘士である奏者と引き離されるような事態が発生しないという保証は無い。 何しろギガントマキア終了直後なのである。 女神の宴に出る女神たちの思惑に至っては、全然分からない。 そう考えると闘士が二人だけというのは、いくら実力があっても厳しい様な気がする。 (伏兵のように戦闘能力のある女の闘士が居た方が良い) 不意に一人の女性海闘士を彼は思い出す。 (テティスなら……) そう思ったとき、既に彼の足は海へと向かっていた。 |