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親友 5

美穂の聖域入りは素早く沙織に伝えられる。
「そうですか」
沙織はいつもと変わらない様子で返事をしたが、内心では多少なりとも動揺していた。
(パラスが……。彼女が聖域に来てくれた)
どう対応すべきかと思ったが、シオンが全てを取り仕切ると言う。
彼自身はあったことがない筈なのに、彼女を知っているかもしれないと言われたときはさすがに驚いた。
だが、 彼女には思い当たることがあったのだ。
(シオンが初代の面影を残しているときに気がつくべきだったわ)
たしか初代の牡羊座も、女神パラスに対しては色々と好意的に動いていたように思える。
ただ、相手が海将軍となると話は別だった。
(…………)
どのような線引きが行われていたのか沙織にはよく分からないが、初代の黄金聖闘士だった男は海将軍に近付かなかった。
今思い返してみると、それはそれで平和な光景なのかもしれない。
(やっぱり牡羊座の黄金聖闘士は海と縁があるのね……)
先の海底神殿での闘いにも、ムウの弟子である貴鬼が後方支援で参戦した。
海の女神たちにとって、牡羊座の黄金聖闘士は特別な意味があるのだろうか。
いくら考えたところで、沙織にはそれ以上は分からない。
ただ、これから何かが起こりそうな予感はあった。
そこへドアがノックされ、隣の部屋で警護の役についていたムウが現れる。
「女神アテナ。牡牛座とアンドロメダが戻りました」
もうそろそろ戻ってくると思っていたので、沙織は頷くと
「通しなさい」
と、命じた。

そして部屋に二人の聖闘士が入ったのだが、その表情は何か戸惑っているようだった。
「沙織さん。冥界側にも話をしたけど、今のところ該当する出来事は無いって言うことだったよ。
それから手紙を預かってきた」
瞬は、一通の手紙を出す。
「パンドラが?」
沙織は丁寧に封を切ると、手紙を読み始めた。

ベッドの上で眠っている友人は少しやつれている様だった。
美穂は涙が零れそうになる。
とにかく色々あったが、無事が確認出来たことは嬉しい。
「絵梨衣ちゃんは大丈夫なんですね」
美穂の問いに氷河は頷く。
「さっき薬を飲んで、ようやく眠ったところだ。
どうも質の悪い風邪にかかったらしい」
特に表情を変えることなく、氷河は答えた。
その様子に、美穂は安堵の笑みを浮かべる。
「でも、よかった。
グラード財団の人から、絵梨衣ちゃんが何処かの家の娘さんとして結婚をさせられるかもと聞かされたときは、氷河さんにどう説明しようかとずっと考えていたの」
部屋を出たとき、彼女は当時の事情を口にした。
「結婚……」
氷河は眉をひそめる。
この時、一緒に居たシオンは空気が冷たくなった様な気がした。
「何でも居なくなった娘さんと絵梨衣ちゃんが似ているって言うことで、そこの家の人が絵梨衣ちゃんと誰かを結婚させようとしていたの。
その時は絵梨衣ちゃんがどうも記憶を無くしているらしいという話だったから、絶対に会わなきゃって……」
万が一、他の人と結婚してしまったら取りかえしがつかない。
この場合、相手にとって絵梨衣の年齢はたいした問題ではなかったのが、美穂を焦らせる原因だったのである。
「絵梨衣ちゃん。大人びているでしょ。
その女の人の身代わりにしても違和感無かったみたい」
美穂を日本から連れ出すための理由は非常にロクでもないモノだったが、氷河の表情は固かった。

「ミホ。向こうを見なさい」
シオンはそう言って、ある一点を指さす。
そこには美穂にとって懐かしい人物が立っていた。
「えっ……」
星矢が姉の星華を連れてきたのである。
「美穂ちゃん!」
星華に名を呼ばれ、彼女は急いで駆けだしたのだった。


穏やかな時間を打ち砕くもの。
それは血の匂いと共にやって来た。

女神ヘカテの神殿と思われる場所へ行った筈の白銀聖闘士が、傷だらけで戻ってきたのである。
「ディオ。何があった!」
聖域の警備をやっていた御者座のカペラがデイオを抱き起こす。
「神殿で……。シャイナと魔鈴が……消えた」
「何だと!」
「早く……報告を……」
彼は喋るのも苦しげなディオを抱えた。
この不穏な空気を察したのか、周囲から雑兵がやってくる。
そしてこの騒ぎが他の聖闘士たちのもとへ届くには、そう時間はかからなかった