『エリスの巫女はニュクス様のお気に入りゆえ、何度も常夜の世界に招かれる。 もうすぐ若き魂は世界と同化する。 おお、なんと喜ばしきこと。 聖域におわす輝く眼を持つ女神アテナも、あの者を見つける事は出来ぬ。 光は二度と巫女を捕まえることは出来ぬ。 全ては闇が、全ては沈黙が、全ては偉大なる母が守ってくれるのだ。 平穏なるこの世界に、あの者は受け入れられた。 明日の夜、人の子である乙女は偉大なるニュクス様にお会いする』 |
本来はメロディがあったのだろうが、アイザックの言い方は棒読みだった。 だが、他の者たちは何も言わず、彼の次の言葉を待つ。 「その後、声の主の気配は消えた。 俺は何が何だか分からなかったが、今度は周辺のあちこちから言葉が聞こえてきた」 だが声の主が何名なのかも不明だし、それが意味のあるモノなのかも彼は分からないと言った。 「どんな言葉ですか!」 沙織はアイザックが見た夢が、重要な意味を持っているのだと理解した。 何故彼が見ることになったのかは、誰にも理解出来ないだろう。 全ては女神ニュクス側の動きに委ねられているからだ。 ならば沙織たちに出来るのは、向こうが提示した情報を頼りに太古の女神が何を望んでいるのかを理解し行動するだけである。 それが出来なければ、沙織は女神たちの信頼を再び失う事もあり得た。 「とにかく思い出せる限り言ってください」 思わず沙織は急かすように言ってしまう。 だが、アイザックは特に焦る様子も見せずに言葉を続けた。 「ニュクス様の杖、眠りにつく、守護、海の女神、宴でムーサたちは踊る、黄金、南の天中、美しい獣、囚われ人、ありえない客……。 それから『ヘカテ様の杖が修復できない』という言葉も聞こえた」 「それだけですか」 「言葉が分かったのはそれくらいだ。 ただ……」 アイザックは言おうかどうしようかと迷っていた。 「どうしましたか」 「この後、いきなり強い風が吹いた。 その時少し離れた場所で白い杖を持った少女が、青い首飾りを付けた少女と何処かの階段を下りていたのが見えた」 その言葉に沙織は表情が強ばった。 アイザックは沙織の方を見ながら言葉を続ける。 「二人の顔は分からなかったし、声も物音も聞こえなかった。 その光景も徐々に暗闇に消えたから、本当に僅かな時間の出来事だ」 「……」 「俺の知っているのはこれくらいだ。 信じて欲しいとは言わないが、邪魔はしないでくれ」 そう言って彼が部屋を出ようとする。 それを、氷河が止めた。 「俺も手伝う」 しかし、彼の兄弟子は何も言わない。 「絵梨衣を迎えに行くのは俺の役目だ。 それを他の奴にやらせるつもりはない」 すると今度は沙織が彼に尋ねた。 「青い首飾りを付けた少女を見た時、何かを感じましたか?」 この時初めて、アイザックの表情が動いた。 なんと答えようかと迷いっているようにも見える。 しかし、しばらくして彼は静かに答えた。 「……懐かしいと思った」 この返事に沙織は俯く。 だが、次に顔をあげた瞬間、彼女の瞳には強い光が宿っていた。 「シオン。これから私は太古の女神達に会ってきます。 聖闘士たちを総動員してでも、ヘカテ様の神殿を見つけだしなさい。 神官や女官達には、太古の女神関係の資料を優先的に集めさせる事。 それから絵梨衣さんの事に関してはアイザックに全面的に協力をします。 今回は海将軍として動いているのではないのですから、彼に関して煩いことを言い出す者が居たらスニオン岬に放り込みなさい」 沙織の有無を言わせぬ命令にシオンは頭を下げると、部屋を出て行った。 「それからアイザックもニュクス様の所へ行くときは氷河を同行させる事。 それくらいは譲歩してもらいます。 とにかく時間がありません。 聖域で必要なものを調達するときは、カミュを経由しなさい。 彼なら無駄なく物事をこなしてくれます」 その言葉にアイザックは戸惑いながらも頷いたのだった。 |