瞬がアルデバランと共にハインシュタインへ行くのと入れ違いに、聖域に珍しい人物がやって来た。 「アイザック。何かあったのか」 雑兵に呼ばれて海辺へとやって来た氷河は、岩場に腰を下ろしている兄弟子を見て驚く。 アイザックは私服で聖域にやって来たのだ。 氷河は雑兵に持ち場へ戻るよう言った。 「今回は海将軍としての用事で来たわけではない」 彼の第一声に、氷河は首を傾げる。 「どういうことだ」 「あくまで俺個人の理由で動いているに過ぎない。 鱗衣をまとっては海側の総意と取られる恐れがある」 「……」 「早速だがエリイさんに会いたい。案内をしてくれ」 兄弟子が女性の名を言うのも珍しいのに、それが自分の恋人の名である事に氷河は驚きを隠せなかった。 「絵梨衣に?」 「早くしろ。時間がない」 アイザックが痺れを切らせて歩き始めたので、氷河は直ぐさま絵梨衣の所へ彼を案内したのだった。 |
磨羯宮・宝瓶宮・双魚宮と、カミュは十二の黄金宮に出現した水晶の群生を次々と破壊した。 「次は教皇の間か……」 彼が上に続く階段を見た時、近くにいたアフロディーテはやめておけと言った。 「女神は神殿が使えない状態でも構わないと仰ってくれているのだ。 教皇も水晶群を見飽きたら壊せと言う。 それまでは放っておけ」 乱暴な言い方ではあったが、カミュは納得してアフロディーテの後に続いた。 無理矢理元に戻したところで聖域の人間達の負担を増やすだけなら、後回しにしても構わない場所は手が着けられないと言う大義名分があったほうが良いのかもしれない。 「ところでカミュ。あの娘は目を覚ましたのか?」 「エリイの事か? 未だ少し起きては眠るというサイクルを繰り返している」 「そうか……。 早くこちらに戻って欲しいものだな」 アフロディーテの言葉に、カミュは首を傾げたのだった。 |
氷河がアイザックを連れて部屋に戻ると、絵梨衣の傍には沙織とシオンがいた。 それと同時に付き添いをしてくれた女官が退席する。 「沙織さん……」 「もうすぐ美穂さんが来るはずなので、様子を見に来ました」 沙織も絵梨衣がこの状態の時に、美穂に会わせるべきか迷っていたのである。 するとアイザックがベッドに近づいた。 「エリイさん。俺の声が聞こえるか」 眠っている相手に反応は無かったが、彼は構わずに話を続けた。 「今夜中に迎えに行く。 それまで持ちこたえてくれ」 しばらくして言っていることが聞こえたのか、絵梨衣が薄く目を開ける。 彼女は頭を少し動かして、氷河と沙織を見た。 「沙織さん……。美穂を……お願いします」 そして小さく笑うと、絵梨衣は再び目を閉じたのだった。 「どういう事だ。アイザック」 「どういう事ですか」 「……」 弟弟子と女神に詰め寄られたが、アイザックが気になったのは威圧的に自分を見る教皇の目つきだった。 アイザックは渋々と言った感じで口を開く。 「夢を見た」 「夢?」 「夜の花畑でエリイさんは誰かを捜していた。 ただの夢だと思ったが、彼女の身体が時々透き通っているのが気になった」 そして絵梨衣の方はというと、アイザックには気付かなかったらしく、闇に溶け込むように姿を消した。 この直後、彼は何か異様な気配を感じた。 闇の中で何者かが自分の傍にいる。 彼の背後から気配の主らしき声が聞こえた。 「その姿は見たのか」 氷河の問いにアイザックは首を横に振る。 「姿は見ていないが、そいつは歌を歌った」 「歌?」 それも同じ歌詞を延々と歌い続けられたと言う。 「気に入らない表現があっても怒るな」 彼はそう前置きをして、問題の歌詞を口にしたのだった。 |