家主である老婦人がギックリ腰で動けなくなってしまったと言うことで、星華は介護をかねて老婦人の家へ泊まった。 時々、女官や聖域に住む女性達が様子見に来てくれるので不安はない。 それに明日の昼くらいに日本から客が来ると教えられ、彼女はむしろ眠れないくらいだった。 そんな事を考えていると、誰かが老婦人の家のドアを叩いていた。 星華は自分の居る場所が聖闘士の守る聖域と考え、躊躇いながらもドアを開けたのだった。 「どうかされましたか?」 既に真夜中に近い時間だった。 そんな時間にやって来た女性は黒いフード付きのマントを身につけたおり、彼女は一瞬亡霊が立っているのかと思った。 慌てて扉を閉めようとすると、相手はフードを少しずらす。 そこに居たのは可愛らしい女性だった。 「どちらさまですか」 星華の言葉に相手は一輪の花を渡す。 そして女性は何かに怯えているようだった。 何度も周囲を落ち着き無く見回すのである。 星華が家の中へ入るよう言っても、相手は首を横に振って断った。 そんなやり取りの後、相手はようやっと口を開く。 ところが女性の言っている事は、聞いたことの無い外国の歌のように聞こえるのだ。 その為、相手は星華の言っている事を理解しているのだが、反対に星華は女性の言っている事が分からない。 「あの、ちょっと待ってください」 慌てる星華に様子に相手も驚いたのか、より一層歌声のテンポを早める。 結局、女性は言いたい事を言った後、彼女を困惑させたまま闇の中へ姿を消してしまった。 星華はどうしたらいいのか分からず、老婦人に起きてもらおうとドアを閉めて奥の部屋へ向かう。 そこで彼女は夢から醒めたのである。 朝、星華から昨夜の出来事を聞いた老婦人はしばらく考えこんだ後、不思議な女性は別の女神に仕えるニンフではないかと言った。 「別の女神様ですか……」 それにしては会話が成立しないというのも不親切な話だが、切り花に何か意味があるのかもしれないと二人は思い直す。 「では、私が女神様に届けてきます」 星華は花瓶ごと花を持って外へ出る。 ちょうどその時、 入れ替わりに女官の一人が様子を見にやって来たのだった。 |
「この花は……」 沙織は星華の持ってきた植物をじっと見た。 「ご存じですか?」 しかし、シオンの問いに彼女は首を横に振った。 「女神の試練をやっている時に、この花を神殿に捧げたのは覚えています。 しかし、誰の神殿だったのかがはっきり思い出せません」 すると星華が青ざめながら沙織に謝罪した。 「ごめんなさい。私がちゃんと聞いていれば……」 「いいえ。星華さんの所為ではありません。 使者である女性が聖域という場所に怯えるあまり、用件を何も伝えて居ないのが問題なのです」 とはいえ使者役がこのようなミスを行えば、高い確率で問題の女性は主たる女神から罰を受けることになる。 沙織もそれではあまりにも不憫に思えた。 聖域という場所に不慣れな者に対して、先日まで戦場と化した場所に怯えるなというのは無茶苦茶な理屈である。 沙織は直ぐさまダイダロスを呼ぶと、聖域で把握できる神殿跡や遺跡を調べるように命じた。 「とにかく位置と崇拝されていた神の名を明確にしておくのです」 この時、沙織の脳裏に女神ヘカテの神殿が思い出された。 「それから人の血で紋様の書いている神殿跡があったら、それはヘカテ様の神殿です。 それだけでも所在を明確にしておきなさい」 女神エリスに振り回されたとは言え、朧気ながらも記憶に残る建物を沙織は口にした。 最悪、女性の仕える女神が分からなくても、それ以上に力を持つ女神に会って口添えを頼めば犠牲を出さずに済む。 沙織はそう判断したのである。 それに何も手を打たなければ、逆に星華が何らかのトラブルに巻き込まれるかもしれない。 彼女は暫く考え事をしてから、一人の聖闘士に特別な任務を命じることにしたのだった。 |