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続・神速 3

どんな屈強の敵でも倒すまで戦い抜く男も、少女の繊細な悩みには無力だった。
それでもカノンには、その内容が美穂にとって体調を崩すほど思い悩んでいたものなのだと分かった。

「星矢ちゃんは言わなかったけど、聖域というところには沙織お嬢さんがいるのでしょ。
隠さずに教えてください」
そこまで言われると彼は頷くしかない。
「私、きっと沙織お嬢さんに会ったら酷い事を言ってしまうかもしれません。
だから会いたくないのです。
でも、やっぱり絵梨衣ちゃんや星華お姉ちゃんには会いたい。
ジュリアンさんやそのお友達もいらっしゃるのなら無事を確認したい。
そんな事を考え続けているうちに、どうしたらいいのか分からなくなって……」
最後は涙声になっていた。
彼女がジュリアン=ソロを知っているのは意外だったが、今はそれを考えても仕方がない。
いざとなればセイレーンの海将軍にフォローさせようと海側の筆頭将軍は考える。
簡単に結論を下したカノンは彼女を暫く泣かせた後、落ち着いた所を見計らって言葉を掛けた。
「ミホ。もし聖域に居ることが耐えられなくなったら、すぐに俺が日本に返してやる。
安心しろ」
「カノンさん……」
「それからミホは自分を追いつめない方が良い」
「……」
「一つだけ言っておくが……」
畏まった言い方に、美穂は姿勢を正す。
しかし、カノンは薄く笑っていた。
「実は俺にも、完璧と呼ばれて人々から賞賛される知り合いが居る。
そして俺はその男がいつも気に入らない。
万人が好意を持つヤツを自分が苦手とするのは変な事じゃない」
カノンは美穂に、とにかく眠るよう言って隣りに続くドアを開けた。
彼女もまたカノンの言葉に安心したのか、先程よりも明るい感じで寝室に戻る。
「カノンさん。ありがとうございます」
「明日は場合によっては移動続きになる。
気が向かなければ仮病を使え」
堂々と言われて、美穂は思わず笑ってしまった。

しばらくして雨音が聞こえなくなった頃、シュラが目を覚ます。
彼は眠ってしまったこと自体に驚き、急に立ち上がる。
「悪夢でも見たのか」
カノンに言われて、彼は再び椅子に座った。
「いや、何でもない」
「こっちはロクでもない夢を見そうだ」
噛み合わない会話に、シュラはどう切り返せばいいのか分からない。
そして星矢の方はと言うと、彼は朝まで起きなかった。


死の神タナトスは小高い丘から聖域の様子をじっと見た。
夜は母神であるニュクスの支配力が強く自らもその性質を受け継いでいるので、聖域にいる女神アテナや聖闘士に自分の事が知られることはない。
彼は空を見上げた。
二つの流れ星が、二ヵ所の黄金宮に吸い込まれる。
それと同時に聖域中で生命が蠢く様子が見えた。
『聖闘士に贈り物など、物好きな話だ』
彼は不満げに呟くと、そのまま闇に溶け込む。
あとには銀色の光が残り、それもまた静かに消えていった。

そして聖域では、黄金宮の近くに明かりが次々と灯り始めたのだった。

黄金宮に飛び込んだ流星。
それを確認し問題の宮を調べた時、ミロは絶望というのはこういうものなのかと思った。
隣ではアイオリアが表情を変えずに目の前にあるものを見ている。
双児宮にサガの聖衣、人馬宮にアイオロスの聖衣が現れたのだ。
流星の正体がこれでは、黄金聖闘士たちの間にも不吉な考えが過ぎってしまう。
それ以上に女神アテナに何と報告をすればいいのか。
黄金宮の窓から朝の光が射し込む。
その光に照らされて、主の居ない黄金聖衣は美しく輝いていた。