昔、巫女だったという老婦人が作る薬湯の材料と手順を、ダイダロスは素早く観察し紙に書き記していた。 既に巫女という存在が不在である期間が長いので、彼女らに伝わる物事の手順などは老婦人が居なくなると誰にも分からなくなってしまう。 そしてこのような事柄は極秘事項として、まず書面に残されることはない。 今回は、沙織からの命令ということで老婦人が記録に残す事を了承したのだ。 次々と書かれる記録を、文官達が紛失しないように綺麗にまとめる。 瞬はその現場の忙しさを見て、どう話しかけようと戸惑ってしまった。 しかし、暫くして老婦人は疲れたので休みたいというと、文官達の方がほっとした表情になった。 瞬はダイダロスの腕を引っ張ると、彼を部屋の外へと連れ出す。 「どうした、瞬」 「どうしたじゃないんです」 兄弟子達の決意を止めさせるには、師匠であるダイダロスの説得が必要だった。 一足飛びに沙織に頼む事も考えたが、この聖域では彼女の決断は絶対である。 最悪の決定が沙織によって下されれば、取り返しが付かない。 そう考えて、瞬は兄弟子達を止めて欲しいとダイダロスに頼んだ。 しかし、ダイダロスは首を横に振った。 「先生……」 「私に止める資格はない」 「そんなことはないです」 その時、部屋から老婦人が出てきて、ダイダロスと瞬の許へと近づいてきた。 老婦人は瞬に礼をする。 相手の行動に、瞬もつられて頭を下げた。 老婦人は二人の顔を見た後、ダイダロスに対して奇妙な質問をした。 それはアンドロメダの聖闘士を教えて欲しいというもの。 ダイダロスと瞬は、質問の意味が分からず首を傾げる。 「アンドロメダの聖闘士は僕です」 よもや女性と間違われたのかと瞬は思ったが、今度は老婦人の方が困ったような表情をして部屋へ戻った。 そこへペルセウス座の白銀聖闘士であるアルゴルがやって来る。 女神が二人を呼んでいるという。 その時、部屋の方で大きな音が響いた。 ダイダロス達が駆け込むと、どうも老婦人が椅子に座ろうとしてギックリ腰になってしまったらしい。 これにより作業はいったん中止。 ダイダロスは文官達に幾つか作業の後片づけと老婦人を家に送り届ける事を命じた。 「では、行こう」 瞬は師匠の後に続いたが、沙織が自分を呼ぶ理由の見当が付かず嫌な予感がした。 |
同じ頃、一輝は聖域のとある家に居た。 実際は空き家に近い状態だったのを、白銀聖闘士のオルフェが口添えにより急遽近隣の人たちが掃除をしてエスメラルダが休めるようにしてくれたのである。 だが、彼女はデスクィーン島から戻ってからも目を覚まさない。 只、呼吸は規則正しいので眠りが深いのだと彼は思っていた。 そんな彼の許に小さな男の子を連れた婦人がやってくる。 エスメラルダが起きたのではないかと思い、食事の用意をしてくれたのだ。 しかし一輝からまだ起きないと言われた婦人は、後で息子にお弁当を持たせると言って戻る。 一輝は親子の後ろ姿を見た時、不意に母親が自分と一歳になる前の瞬を連れて春の野原に花を見に行った事を思い出した。 鮮やかに蘇った光景は、懐かしさと優しさに彩られていた。 |