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神速 1

幾多の命を喰らい続けた神々の闘衣。
それらは破壊され、大地に還ってゆく。

(ようやっと眠りについたと言うことか……)
シオンは足下に転がっている闘衣の破片を手に取った。
それは彼に触られた途端、粉になって風に舞う。
(精進はするべきだが、過ぎたるモノを望まないようにせねばならない)
聖衣はあくまで闘士達と共にあるべきなのだ。
シオンの横を風が吹き抜ける。
黒い砂が舞い上がった。
彼は目を閉じて砂が入らないようにする。
この時、シオンの耳に聞き覚えのある声が届いた。

その人物を確かめようとして、シオンは目を開ける。
傍にいたのは弟子のムウ。
「名を呼んだか……」
彼の言葉にムウは全身の力が抜けてしまった。

童虎は貴鬼からシオンが目覚めたと聞き、大急ぎで白羊宮へとやってきた。
だが、相手は黄金聖衣をまとっていないと怒りだしたのである。
「何をするつもりじゃ」
「女神に謁見する前に、神殿とスターヒルの様子が見たい。
ムウの話によると強固な水晶がまだ残っているらしいから、天秤座の武器を使わせろ」
既にシオンは行く気満々で、彼の後ろではムウが溜息をついていた。
「老師。諦めてください」
引き止めるべき立場の弟子は、すでにその行為を放棄している。

十数分前まで意識を失っていた人間がスターヒルに行くのは、どう考えても正気の沙汰とは思えない。
しかし、相手がシオンでは引き留めることの方が難しかった。
そして童虎は親友の無鉄砲さを十分理解していた。
「仕方ない。ワシも一緒に行く」
その言葉に貴鬼が驚く。
「ムウ様。大丈夫でしょうか?」
彼はムウにこっそりと尋ねた。
どちらも若い姿をしているが年齢は200歳をこえており、少し前までギガントマキアに参戦していたのだ。
とても危険なように思えてしかたない。
しかし、ムウの方は諦めていた。
「駄目だと言って聞き入れる人たちではありません。 放っておきましょう」
そして彼はシオンと童虎に膏薬を用意しておくと言った。
その気遣いに二人は、
「年寄り扱いをするな!」
と、声を揃えたのだった。


社殿の奧にある部屋では、カミュはベッドで眠り続けている絵梨衣の様子を見る。
氷河も彼女が心配で付き添ってはいるのだが、疲労の為なのか安心したゆえなのか椅子に座ったままベッドに上体を伏せて眠っていた。
傍目から見れば微笑ましい光景なのだが、絵梨衣の顔色はあまり良いとは言えない。
実際、絵梨衣は少し目を覚ましては何も言わずに再び眠るという状態を繰り返していた。

異界との接触。
これにより彼女の体力は、かなり削られてしまったのかもしれない。
それ以上に気になるのは、彼女の意識は本当に此処にあるのかという事だった。
不安を感じつつ二人の様子を見ていると、絵梨衣が再び目を開けたのである。
「黒いマントは何処ですか?」
いきなりの質問だったので、カミュの方が言葉に詰まってしまった。
「黒いマント? エリイが身につけていた物か」
しかし彼女は、
「あれは大事な物なのです」
と言って、再び眠りについてしまった。
カミュは部屋の隅に置かれた机に近づく。
その上には黒いマントが二枚、綺麗に折り畳まれていた。
これは沙織が絵梨衣の身につけていたものや、近くにあったものは持ち出さないよう命じていたからである。
(……)
どんな意味で大事なのか。
それが女神や少女にとって災いでない事を、彼は心の中で願った。