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奪回 7

静かになった森にカノンは佇む。
先程までいた少年の気配は既にない。
「面倒な事になりそうだな……」
彼は少年との会話を思い返した。

美穂の護衛役をやった少年はカノンが海将軍であることをちゃんと知っていた。
むしろ、彼がこの場にいることを喜んでいるようにも見える。
少年は自己紹介をしたが、カノンとしては何処まで信じて良いのか判斷がつかなかった。
彼は海将軍に対して仲間が暴走して少女に迷惑を掛けてしまったと懺悔をする。
その言葉に、カノンは眉を顰めた。
「そのような言い訳を誰が信じる。
お前はその仲間を破滅させたのだろう」
相手を見た時、カノンは少年が無鉄砲なタイプの人間ではないと即座に判断した。
猛禽類のような印象を受ける眼差しは、どちらかというと目的のためなら手段を選ばないという印象を受ける。
少年は平然と彼に、
「愚かな仲間が処分出来れば、自分が今回の失敗で牢獄に繋がれる事になっても後が楽になる」
と言った。
カノンはその言葉に、自分たちが彼らの身内の粛正に利用されたのだと分かった。
少年は更に、
「これから先、海龍の海将軍が誰を選ぶのか。
海皇なのか聖域の武神なのか、もっと面倒な存在なのか。
その結果によっては、自分たちは敵にも味方にもなる」
と言って、姿を消した。
追いかける気になれば捕らえることは出来るだろうが、仲間を破滅させる覚悟を持った闘士である。
何も言わずに自害する事も考えられた。

(その時が来たら、誰もが驚くような選択をしてやろう)
カノンは心に誓うと、いったん村へと戻る事にした。
しかし彼には、向こうの言う面倒な存在が誰なのか見当が付かなかった。


社殿の一室で、紫龍は春麗から飲み物を受け取る。
デスクィーン島から戻った後、彼は骨が軋むかのような痛みに悩まされていた。
とにかく身体を動かすのが辛いのである。
だがそれ以上に、先程老師と行った会話が衝撃的で椅子から立つ気力が失われていた。

「神代のギガントマキアで巨人クリュティオスを倒したのは、女神ヘカテじゃよ」

師匠の言葉が、頭の中でグルグルと回る。
「紫龍。大丈夫? 気分でも悪いの?」
「大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだ」
「そう?」
「それより、この飲み物は何だ?」
馴染みのない香りに、紫龍は首を傾げる。
「老師は薬湯と仰ったわ」
そう言われると紫龍としては飲まないわけにはいかない。
「……」
彼は意を決して、薬湯を口にしたのだった。

別の部屋では、瞬が部屋に置かれたカップを見つめていた。
薬湯を持ってきてくれた兄弟子の言葉に、彼の思考が停止寸前に追い込まれたのである。

その兄弟子は、場合によっては自分たちの手でジュネを葬ると言ったのだ。

アンドロメダ島で起こった粛正が女神の試練により聖闘士たちが蘇生し、事実上無かった事となる。
魚座の黄金聖闘士が行った殺戮も、ジュネが身内の亡骸を埋葬したこともあり得ない話となった。
瞬ですら話を聞いただけで現場を見てはいない。
この世の地獄を見ても、全てが悪い夢を見たの一言で終わってしまうのだ。
彼らはジュネが理性を保てなくなった時の事も考えて、結論を出したのである。

そしてジュネは一時的にでも行方不明となり聖域の招集を蹴った。
反逆の道を彼女が選んだとは考えにくいが、その事実はジュネを追い詰める為の理由とされるだろう。
それもまた彼らが焦慮に駆られる理由の一つだった。
秘密裏に聖域から追手が放たれるのを避けるには、自分たちが動くしかない。
彼らにとってそれが、妹弟子である彼女に出来る事だった。

兄弟子が部屋を出て行った後、瞬はしばらく動けずにいた。
「……」
彼女の事を想うと胸が痛くなる。
(でも僕はジュネさんに会いたい……)
兄弟子たちがどんな判斷を下すのかは知らないが、瞬は従う気はなかった。
むしろ彼らよりも早く見つけようと決意する。
それに彼女の命を兄弟子達が握っているなど絶対に納得出来ない。
(ジュネさんを守らないと!)
瞬は急いで部屋を出る。
とにかく兄弟子たちの動きを封じるのが先決だと、彼は思った。