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奪回 1

彼女が海を見ている。

星矢はその姿を遠くから見ていた。
彼女が浜辺を歩く。
(まさかこのまま居なくなったりしないよな……)
急に思い浮かんだ考えに怖くなり、星矢は慌てて彼女の許へ駆け寄る。
すると彼女が驚いたような表情で、自分を見ていた。

『こ……こんばんは……』

ちょっと驚いたような、それでいて嬉しそうな笑顔。星矢の心臓は早鐘を打ち始めた。
もっと近づいてもいいのでは……。
そんな事を考えてしまう。
星矢が彼女の両腕を掴んだ瞬間、誰かが彼の名を呼んだ。

「星矢!」
懐かしいと感じた声は、姉のものだった。
「姉さん……」
最初に見たのが姉の姿なので、星矢は自分が聖域に戻ってきた事を理解する。
「星矢。私が分かる? 気分は悪くない?」
矢継ぎ早に尋ねられて、星矢は笑顔を見せた。
「何か、良い夢を見たよ……」
はっきりとは思い出せないのが悔しい。
ところが星華は弟の手を握りながら、涙を流している。
「泣くなよ。姉さん」
すると星華は弟の顔を見た後、悲しそうな表情をした。
「星矢。落ち着いて聞いてね」
彼女は星矢の髪を手で直しながら、何と言おうか迷っているようだった。
「姉さん?」
「貴方に黙っていたら一生恨まれそうよね」
姉の言い方に、星矢は不安を覚えた。
「はっきり言ってくれよ」
「……星矢。美穂ちゃんが今、聖域と敵対している人と一緒に居るんですって」
その遠回しな言い方に、彼は姉がどういう意味で言っているのか直ぐには理解できなかった。
しかし、二度目に別の言い方で説明されて、彼はようやく自分の幼馴染みが危険な状態である事を知ったのである。

「俺、美穂ちゃんを助けに行く!」
星矢はそう言って普段着に着替えた。
神聖衣はパンドラボックスの脇に置いてあったが、身にまとわずに急いで部屋を出る。
その動きは先程まで眠り続けていた人物とは思えないくらい機敏だった。


その頃、美穂はバスに乗って移動していた。
「……」
星の子学園で最初に聞いた話では、絵梨衣を連れ戻すという説明のみだった。
だが、目的地は海外だと押し切られ移動ばかりしている。
この旅の不自然さに美穂も何か変だと思い始めていた。
とにかくグラード財団の人間が一緒なのだから自分の方は何も不安なことはないが、絵梨衣を手放さないという相手の方が何か不気味な感じがしてくる。
だから彼女は早朝の移動も仕方がないと思っていたが、いきなり移動の車が故障したと言われると何かが自分の身に迫っているようで落ち着かなかった。

彼女はバスの窓から外を眺める。
護衛の青年は美穂に簡易的な地図を渡すと、とある村を指さした。
彼はそこにある小さな食堂で食事をする予定だと告げた。