白羊宮の一室で、自分の師匠は眠り続けている。 ムウは自分の宮が使えるようになった直後、シオンを社殿から移動させた。 確かに社殿の方が人手はあったが、逆に教皇がいれば神官や女官達が他の負傷者よりもシオンを優先にせざるを得なくなる。 これでは弱い者達の手当が間に合わなくなるという理由で、ムウは自主的に場所を移したのだった。 「ムウ様」 一緒にデスクィーン島から戻ってきた貴鬼が心配そうに部屋に入ってきた。 その手には水入れを持っている。 そしてアルデバランが手提げ籠を持って続く。 彼は絵梨衣を社殿に連れていく時、師匠を運ぶムウの姿を見ていた。 この友人は本当に思いやりというものを知っていると、彼は思った。 「差し入れだ。腹に何かを入れておかないと、身体が持たないぞ」 籠には調理された食料が入っている。 「アルデバラン。あの時はありがとうございます」 ムウは俯いたまま礼を言う。 「気にするな」 アルデバランはそっけなく答えた。 実際、彼としてはムウがシオンを蝕む闘衣のみを破壊したのだと分かったが、動かない師匠を見て呆然としてしまうのは無理からぬ事と思っていた。 普通なら他者が作り上げた防具など、何処が急所なのか分かるはずがない。 だが、彼は予測し判断し決断したのである。 そしてそれは成功したのだ。 ただ、人間の身体を浸食するという異常な闘衣である。 破壊の衝撃でシオンは意識を失ってしまった。 とにかくアルデバランは崩れゆく黒の聖域の中でシオンを担ぎ、ムウを引っ張ってきたのである。 呪術の影響が残っているのかも分からないような状態では、自分の足で外へ向かった方が安全だったからだ。 「ところでアイオリアはどうしていますか」 その問いにアルデバランは首を横に振った。 「ずっと外を見ている」 その言葉にムウは溜息をついた。 |
社殿の一室ではアイオリアが泣く事も叫ぶ事もせず、ただじっと窓の外を見ていた。 (兄さん……) 彼は兄がもうすぐ帰還するのではないかと思えてならないのだ。 黒の聖域を脱出した時、確かに兄アイオロスは自分たちと一緒だった。 どこへ向かえば地上なのか見当もつかない場所で、的確に自分たちを外へと導いてくれた。 なのに外へ出た途端、兄の姿は何処にもなかった。 魔鈴も途中までアイオロスが一緒だったことは覚えているが、いつ姿を消したのかは分からないと言う。 (女神アテナのところにも兄さんは戻ってはいない) いったい何処へ行ってしまったのか。 アイオリアは全身の力が抜けそうだった。 「様子はどうだ」 急に話しかけられて、アイオリアの見張り役をやっていたミロは声の主を見た。 「シュラ……」 その動揺している声に山羊座の黄金聖闘士は、ミロもまた何かに閉じこもっているように見えた。 「アイオロスも残酷だよな。 また弟に何も言わずに居なくなった」 その言葉にシュラは、 『弟だけではなく全ての人たちに対してだ』 と、心の中で叫んだ。 |