タルタロスの門にいたアイアコスにも、当然この事態は察知された。 彼は巨人の崩壊した身体が落ちてくることに気付くと、直ぐさま巨人の身体の方に手を伸ばす。 「これはお前達にはいらない物だろう」 その手に握られているのは、女神ヘカテの杖から逃げ出した蛇。 この直後から巨人の身体は、加速を増して崩れてゆく。 「さて、女神ヘカテにどう返すか……」 そう言って蛇に顔を近づけた時、蛇は短い身体を精一杯延ばして暴れた。 この時、彼が冥衣に隠し持っていた小袋が下に落ちてしまう。 「しまった!」 中身は冥妃が牡牛座に渡した麦の種。 彼は慌てて拾うとした瞬間、それは土塊となった巨人の残骸の上に落ちる。 そして麦の種は、そこを土壌として芽を吹き成長し実を付けたのである。 アイアコスは知らないのだが、巨人の身体は溶けた氷によって十分に水分を得た状態だった。 とにかく成長した麦は再び実を落とし芽を出すという一連の動作を何十回、何百回と繰り返すのだ。 瞬く間にタルタロスの門付近は麦畑へと変化を遂げた。 「冥妃様。ありがとうございます」 きっとこの麦畑は、門の修復が終わるまでこの場所を守ってくれるだろう。 何しろ風が吹くと麦の穂が音を立てるのだが、なんとも心地よい音色なのだ。 まるで子守歌である。 (とにかく、最優先事項はガルーダが蛇を滅ぼさないようにする事かもしれないな) そんなことを考えながら、アイアコスは蛇を手に持ったまま部下達のところへ戻ったのだった。 |
デスクィーン島に朝日が昇る。 沙織と春麗は、その光景をじっと見ていた。 島の崩壊は避けられたが、今度の闘いで島は以前とはずいぶん変わってしまった。 「これは凄いですね」 ミーノスは島の様子に驚きを隠せない。 今、彼らの目の前には、小さな草花が生えている緑の大地が広がっているのだ。 「負の呪縛から解放されたと言うことでしょう」 しかし、沙織の表情は暗く沈んだままだった。 沙織は最初、外へ出る事を拒んだ。 しかし聖闘士達の仕事が増えると言われて、今度ばかりは引き下がる事にしたのだ。 それに春麗だけを脱出させれば、彼女自身が無事である事に罪の意識を感じてしまうかもしれない。 それは沙織が望む物ではなかった。 だが、ギガントマキアが終了し周辺が静かになったというのに、誰も戻ってこないのである。 隣りでは春麗が涙を堪えていた。 だが、朝日が完全に昇った頃、少し離れた場所から人影が近づいてきたのが見えた。 「老師。紫龍!」 春麗は二人の闘士の許へ駆け出す。 気が付くと色々な方向から、次々と聖闘士達が現れた。 中には海将軍に肩を借りている者もいる。 そして今まで色を失っていた杖が再び白くなった時、沙織はようやっと闘いが終わったことを実感したのだった。 |