「どうした。私を捕らえぬのか」
パンドラは目の前にいるギガントに問いかける。
今、彼は手を動かせば女主人を捕らえる事が出来る位置にいながら、どうしてもそれ以上動くことが出来ないでいた。
「パンドラ様!」
ラダマンティスがその隙に一度は彼女を奪還したのだが、今度は彼女の方からギガントの前に歩み寄ったのである。
彼女はラダマンティスの動きを制すると、再びギガントに語りかけた。
「ギガント。 いや、エピアルテースと呼んだ方が良いか?」
パンドラの言葉に相手は後ずさりした。
「やはりエピアルテースだったようだな」
彼女はぎこちなく笑うと、腰に下げていた黒い短剣を抜いた。
そして自分の首に向けたのである。
「!」
ラダマンティスは女主人の行動に反射的に動こうとしたが、既に彼女は短剣の刃を自らの首に付けている。
脅しだとしても実際に動いて怪我をさせるわけにはいかない。
「慌てるな。私はエピアルテースと話をしておるのだ」
パンドラの行動に、ラダマンティスもサイクロプスの冥闘士も動けなくなった。
「エピアルテース。そなたが依代にしている冥闘士は、私の弟の部下だ。
その身体から出る事は出来るか」
するとギガントの首が横に動く。
出たくないのか本当に出られないのかは、この反応だけではラダマンティスにも分からなかった。
しかし、パンドラは言葉を続けた。
「ならば、今から私がそなたの身を預かろう。
このハインシュタインの森は広くて深い。太陽や月から身を隠せるはずだ」
彼女の思い切った提案に、ラダマンティスは言葉を失う。
巨人族を手元に置いておくなど考えられない事態だからだ。
「パンドラ様。そのようなことは……」
「構わぬだろう。 巨人は地上での暮らし方を知らぬから、力の加減が出来ずに殺戮を繰り返すのだ。
今ならギガントの五感を通して、自分の力の使い方を覚えても良かろう。
それにこちらもギガントを失うわけにはいかない」
「……」
巨人に意識を押さえられながらも、ギガントの耳にはパンドラの声だけは聞こえていた。
「ギガント。私は一度は冥闘士達を裏切っておる。
ゆえに二度と同じような真似はしない。私はギガース達に捕らえられる訳にはいかないのだ。
そなたが巨人に意識を飲み込まれて私に害を成すというのなら、私はこの場で果てよう。
それならば、冥闘士たちの足手まといにはならずに済むし、そなたも主人殺しをせずにおれる」
彼は女主人の決意を聞き、涙が溢れてきた。
自分の望んだ永遠の命とは、なんと残酷な物だろうか。
(パンドラ様の居ない世界に何の意味があるというのだ!)
あの方が必要としてくれてこその命。
ギガントは巨人エピアルテースから主導権を取り戻そうとした。
すると巨人の方でも、困惑した様子で彼の意識を開放し、その後ろに隠れたのである。
(どういうことだ?)
彼の問いに、巨人は混乱した口調で自分の思いを見せた。
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