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限界 4

もうすぐ地上に出られる。

巨人アルキュオネウスは、今にも飛び出して行きたい衝動に駆られた。
先程人間と闘った時、彼はタルタロスに似た心までも凍てつかせるかのような闘気を受けたのだ。
早く地上に出て、タルタロスから逃れたい。
だが、自分の頭上には憎き女神の気配がある。

先のギガントマキアでは、他の兄弟や多くの眷属たちが女神パラスによって葬られた。
ここで確実に武神を抹殺をしなくてはならない。
それに自分を待ち受けているのは一柱だけではないらしい。
この場所に居て自分と闘おうというのだから、それなりに力のある者達だろう。

彼はそう考えると、各場所で倒された兄弟達に命じた。
残りの力を自分に捧げよと……。

「どうした。私を捕らえぬのか」
パンドラは目の前にいるギガントに問いかける。
今、彼は手を動かせば女主人を捕らえる事が出来る位置にいながら、どうしてもそれ以上動くことが出来ないでいた。
「パンドラ様!」
ラダマンティスがその隙に一度は彼女を奪還したのだが、今度は彼女の方からギガントの前に歩み寄ったのである。
彼女はラダマンティスの動きを制すると、再びギガントに語りかけた。
「ギガント。 いや、エピアルテースと呼んだ方が良いか?」
パンドラの言葉に相手は後ずさりした。
「やはりエピアルテースだったようだな」
彼女はぎこちなく笑うと、腰に下げていた黒い短剣を抜いた。
そして自分の首に向けたのである。
「!」
ラダマンティスは女主人の行動に反射的に動こうとしたが、既に彼女は短剣の刃を自らの首に付けている。
脅しだとしても実際に動いて怪我をさせるわけにはいかない。
「慌てるな。私はエピアルテースと話をしておるのだ」
パンドラの行動に、ラダマンティスもサイクロプスの冥闘士も動けなくなった。

「エピアルテース。そなたが依代にしている冥闘士は、私の弟の部下だ。
その身体から出る事は出来るか」
するとギガントの首が横に動く。
出たくないのか本当に出られないのかは、この反応だけではラダマンティスにも分からなかった。
しかし、パンドラは言葉を続けた。
「ならば、今から私がそなたの身を預かろう。
このハインシュタインの森は広くて深い。太陽や月から身を隠せるはずだ」
彼女の思い切った提案に、ラダマンティスは言葉を失う。
巨人族を手元に置いておくなど考えられない事態だからだ。
「パンドラ様。そのようなことは……」
「構わぬだろう。 巨人は地上での暮らし方を知らぬから、力の加減が出来ずに殺戮を繰り返すのだ。
今ならギガントの五感を通して、自分の力の使い方を覚えても良かろう。
それにこちらもギガントを失うわけにはいかない」
「……」
巨人に意識を押さえられながらも、ギガントの耳にはパンドラの声だけは聞こえていた。

「ギガント。私は一度は冥闘士達を裏切っておる。
ゆえに二度と同じような真似はしない。私はギガース達に捕らえられる訳にはいかないのだ。
そなたが巨人に意識を飲み込まれて私に害を成すというのなら、私はこの場で果てよう。
それならば、冥闘士たちの足手まといにはならずに済むし、そなたも主人殺しをせずにおれる」
彼は女主人の決意を聞き、涙が溢れてきた。

自分の望んだ永遠の命とは、なんと残酷な物だろうか。
(パンドラ様の居ない世界に何の意味があるというのだ!)
あの方が必要としてくれてこその命。
ギガントは巨人エピアルテースから主導権を取り戻そうとした。
すると巨人の方でも、困惑した様子で彼の意識を開放し、その後ろに隠れたのである。
(どういうことだ?)
彼の問いに、巨人は混乱した口調で自分の思いを見せた。