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限界 3

各闘士の許に散らばる天秤座の武器。
それがアイオリアの手に届く範囲に現れた時、黒い獅子が一瞬だけその身を後退させた。
その隙を狙ったかのようにアイオリアの手が武器を掴み、血に飢えた黒い獅子に一撃を加える。
「アイオリア!」
彼女は先程まで意識がないと思われていた男の行動に少なからず驚いた。
長い間ここまで完璧に気配を消すとは、なんという精神力だろうか。
アイオリアはそんな反応を気にもとめず、魔鈴を素早く背に庇う。
「魔鈴。君が奴の注意を引いてくれて助かった」
ところが吹き飛ばされた獅子が壁に穴を開けたのである。
そこから黒い煙が勢いよく吹き出す。
途端に地下室の視界は、ほとんどゼロに等しくなった。

神殿内部では、風が下に向かって吹いている。
ただでさえ光量の足りない空間で、床も崩れそうになっていた。
正直言って部屋の中に入ることすら厳しい。
瞬のネビュラチェーンが神殿の床の上を滑るように動いた。
床は歩いただけでも抜ける可能性があると言われ、カノンからチェーンで網を張れと言われたからだ。
だが当の本人は、神殿内部の危険性を散々彼らに脅した後、自分たちでは邪魔になるからと言って人魚の海闘士を担いで立ち去ってしまった。

(……)
そんなカノンたちを見て、瞬は心が少しだけ痛んだ。
何処が似ているというわけではないが、テティスを見ているとジュネを思い出してしまうのだ。
この闘いが終わったら、誰が何と言おうと彼女を捜す旅に出る。
彼がそう決意した瞬間、ネビュラチェーンが不可解な動きを示した。
鎖の上に乗って部屋の中央に移動をしようとした星矢が、慌てて足を引っ込める。
神殿内部で縦横無尽に暴れ回り、壁や床を破壊し始めたのだ。
「瞬! どうしたんだ」
しかし、瞬にだって原因は分からない。
自分の神聖衣が制御出来なくなったのかと考えたが、意識を集中するとネビュラチェーンは再び大人しい動きとなった。
(今はそんな事を考えている場合じゃないんだ!)
瞬は他の仲間に謝ると、再び神殿内部の闇を見つめた。


地上に溜まった雨は、地下へ移動する。
そして水は、黒の聖域にまで染み出し始めていた。

「これは……」
ネビュラチェーンの暴走が引き金なのか、神殿内部の壁から水が噴き出す。
そして、それは淡い光と共に虚空の闇に落ちていった。
「少し手伝おう」
氷河はそう言うと、神殿の気温を自らの小宇宙によって下げた。
瞬く間に氷が壁と鎖を固定し始める。
「これで瞬も少しは楽だろう」
仲間の言葉に瞬は頷く。
確かにチェーンその物を氷の中へ閉じこめてしまえば、暴走の危険は下がる。
その代わりに瞬は入り口から動けなくなってしまったが、何か異常が発生した時は氷を砕いてでもチェーンを使って仲間達を引き上げる役目となった。
「それじゃ、行こう!」
星矢たちは神殿に入る。
彼らは実際に入って気づいたのだが、神殿内部では不気味な獣の声が下の方から響いていた。