INDEX
   

緊迫 6

小さな女の子が自分に縋り付いて泣いている。
もう一人の少女も眼に涙を溜めながら唇を噛んでいた。
大事な者たちを悲しませてまで下した決断。
自分に出来る事は、彼女たちが幸福に暮らす世界を守ると言う事だけ。
例え今は悲しくても、いつか再び微笑んでくれる事を願う。


カノンは我に返ると、周囲の様子を見た。
(俺は何を考えたんだ……)
不意に自分は何かを思い出していた。
何故、二人の少女をハッキリと認識し懐かしいと思ったのだろうか。
しかし、今まで妹などを持った事は無い。
(今のはいったい……)
そんな彼の動揺を察知したのか、大人しく担がれているエスメラルダが不安げにカノンの方を見る。
「さて、問題はここだ」
いきなり立ち止まった乙女座の黄金聖闘士は、何も無い岩を指さした。
「この先に“少女にとっての安全な場所”がある」
しかし、シャカはカノンにそう言うだけで自分では動くつもりはないらしい。
カノンは一応エスメラルダを地面に下ろすと、離れるよう言った。
そのまま彼女は小走りに貴鬼の方へ行く。
「ディオスクーロイなら、どの様な場所の呪術も無意味だろう。
やりたまえ」
命令口調にカノンは文句を言おうかと思った。
だが岩に手を振れた途端、今居る場所の近くに何があるのか気付く。

(これは奴の気配!)

偶然か必然か。
カノンはテティスに少女と貴鬼の傍にいるよう命じた後、自らの小宇宙を岩の壁に叩きつけたのだった。

「来たな……」
神殿の一角に大きなヒビが入る。
ポリュデウケースは不敵な笑みを浮かべた。

「何ぃ!
いままで奴が近くに居るなど気付かなかったぞ」
デスマスクは突如身近に現れた闘士の気配に驚く。
しかし、アフロディーテにはある程度の推測が出来ていた。
(ここら辺の場所は呪術の影響で、生き物の気配が読みにくくなっているのかもしれない)
先程まで居た正体不明の存在が、自分の正体を敵方に察知されない為に色々と裏工作をしている可能性もある。
既に感覚が少しずつ狂わされているのかもしれない。
そして神殿の壁は崩れ、土煙のなかから一人の闘士が現れたのだった。

「ここで決着をつけよう」
シードラゴンの海将軍はゆっくりと前に出る。
光量の足りない場所で、シードラゴンの鱗衣は青白い光を放っていた。
ポリュデウケースは不快そうな表情でカノンの事を見る。
「あの時は双児座の聖衣をまとっていたが、今度は海龍の鱗衣か……」
五老峰ではカノンを敵と見なす事が出来たが、海将軍の姿では自分の兄を思い出してしまう。
彼は短時間で決着をつける事にした。