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緊迫 5

星矢たちはシオンの姿を見た時、思わずギョッとした。
一瞬、彼の黒い闘衣が問題の防具に思えたからだ。
「それは本物ではないのですか!」
瞬の問いにシオンは平然と答える。
「それは私にも分からない。
だが、ムウからの連絡では、どれが本物かは女神にも分からないと言っているし、万が一巨人にまとわれては危険だ」
そう言って彼は腕を動かす。
闇色の武具は滑らかに動いた。
「ならば天秤座の剣で、叩き壊すか?」
童虎の言葉にシオンは頷いた。
「島の状況が変化しているから、この防具が足手まといになった時に使わせてもらう」
星矢たちは平然としている教皇を見て、彼のまとう闘衣は偽物なのかもと思い始めた。
何しろ先程闘った者たちのように、防具が人の体を浸食している様子が見当たらないのである。
「とにかく私については心配はいらぬ。 これでも長年、聖衣の修復をやっていたのだ。
危険だと思ったら外す」
専門家の意見なので、彼らは納得するしかない。
その時、ミューが瞬に近づいて小声何かを伝えた。
瞬は少しだけ驚きの表情をしたが直ぐに冷静さを取り戻すと、今度は他の青銅聖闘士の仲間に話しかける。
彼らは素早く相談を終わらせると、お互いに頷きあった。

「とにかく春麗は冥闘士に預けるしかあるまい。 私も一緒に動く」
そう言った後、シオンはアイオリアの方を向いた。
「お主はどうする」
「えっ?」
教皇の問いかけにアイオリアは驚く。
「お主はどう動きたいのだ。
このままペガサス達と共にポリュデウケースに会いに行くか。
五番目の暗黒宮に戻って問題の闘衣を探し、場合によっては巨人族と闘うのか。
今、ここで決めろ」
他の聖闘士たちの行動を左右するであろう選択。
獅子座の黄金聖闘士の表情が強張った。

その時、微かに金属がぶつかったかの様な音が響いた。
星矢が折れた弓をきつく握った時、それが音を立てたのである。
「星矢。もっと丁寧に!」
瞬に言われて、星矢は慌ててヘラクレスの弓を持ち直す。
その様子に紫龍が緊張した面持ちで春麗に話しかけた。
「春麗、すまないが上着を貸してくれないか」
弓を包みたいと言われ、春麗は何の疑問も持たずに上着を脱いだ。
「星矢さん。これで包んで下さい」
「春麗さん……」
彼女の行動にシオンや童虎は必要ないと言ったが、ミューは上着を受け取れと口を挟んだ。
「我々が連れて帰るのだ。 魔除けの香など必要ない」
元々、何処まで冥闘士たちの協力が得られるのか分からないから、少女たちには魔除けの香を身につけさせたのである。
彼らが春麗を必ず脱出させると言うのであれば、確かに上着の必要性は薄い。
強引な話の流れであるような気はしたが、童虎もそれ以上反対はしなかった。

星矢は上着を受け取ると、ヘラクレスの弓を包んだ。
アイオリアはその様子をじっと見つめる。


長い間、兄を陥れた敵に対しては一矢を報いなくてはと思い続けた。
今なら大義名分もある。
だが、ここで神殿へ向かえば、それは自分にとって只の私闘でしかない。
(そうだな。大事なものが何かを忘れる所だった……)
過去の自分が守ってきたものを打ち砕いてまで、仇を自分の手で滅ぼす事に執着をしてはならない。
彼の視線が一人の聖闘士を探した。
彼女は少し離れた所で、弓を包む手際の悪い弟子を見守っていた。
弟子から言わせれば師匠の威圧的な視線に緊張していたのだが、こういう裏事情は部外者に分かるわけが無い。
アイオリアの脳裏に、魔鈴が弟子を取った頃の事が蘇った。
(星矢は魔鈴が手塩にかけて育てた聖闘士だ)
そして自分も幾度か訓練を手伝った事がある。
(……)
獅子座の黄金聖闘士は決意を固めると、教皇に自分の考えを伝えた。

数分後、七番目の暗黒宮に居る闘士は童虎一人となる。
「しかし、此処から闇の闘衣を探すのは一苦労じゃな」
先程の巨人族との闘いで、暗黒宮は半壊状態だった。


巨人ガイオーンは暗黒の世界で目的の存在を探す。

女神に挨拶代わりの先制攻撃を仕掛けてみた。
なるべく早く、闇の闘衣に組み込まれている戦闘情報を習得しよう。
次はどの闘衣の情報を得ようか。
もうすぐアルキュオネウスも動き出す。
その前に母神を恐れさせる娘を仕留めなくてはならない。

彼は闇の中をゆっくりと移動したのだった。