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緊迫 1

島中に張りめぐらされた呪術の紋様が書き換えられてゆく。
その様子を地母神ガイアは注意深く見た。
彼女は無駄なく威力を変化させる紋様を見て、この呪術を組み上げたのは太古の女神に関わるものだと考えた。
少なくとも女神アテナは呪術を知識として知っていても、ここまで詳しく扱えない筈。
そして聖域の人間に出来る事ではない。

地母神は一柱の女神を思い出す。
女神アテナと海皇の孫娘、そして女神デメテルの娘の教育係だった元・競いの女神エリスの事を……。
太古の女神の一柱であるニュクスの娘なのだから、呪術に関してはエリスが力を貸していると思って良いのかもしれない。
しかし、エリスは今やオリュンポス神族に対して反抗的な対応を示している。
少し前にも昔の教え子に対して平気で攻撃を仕掛けていた。
それに島に張りめぐらされようとしている呪術は、闘士たちにとって助けになるものではない。

ガイアは残っているギガースたちを戻すべきか迷った。
まだこちらには不死身のアルキュオネウスが残っている。
敵がアテナと聖闘士だけならば勝ち目があるが、エリスと異国の娘の行動が読みきれない。

そんな迷うガイアの許に、一人の巨人族の声が聞こえてきた。
その巨人は母神を悩ませる存在を滅して見せると笑った。
我が子が自信に満ちた表情で女神アテナの軍勢を撃破するという。
ガイアは子供の言葉を疑わなかった。
彼らならそれだけの力があると無条件に思っていたからである。


アルデバランは強力な敵意を感じ、沙織の前に立つ。
二番目の暗黒宮から何かが飛び出してきたように見えたのである。
次の瞬間、黒い闘衣をまとった存在が彼の前に現れた。
牡牛座の黄金聖闘士は敵の拳を防ぐ。
アルデバランの体から迸る小宇宙と敵の黒い力がぶつかり、彼の立っていた場所の大地にヒビが入った。

「アテナ。こちらに」
ムウが沙織をその場から避難させる。
沙織は牡牛座の黄金聖衣に似た黒い闘衣を見て、それが何であるのか直ぐに分かった。
(あれは神々の作った試作品だわ)
沙織は双児宮にてエリスから言われた事を直ぐに思い出した。


『いいか、アテナ。
ポリュデウケースがいくら時間をかけて呪術の場を作ったとしても、それを制御するものが完璧でなければ場は直ぐに崩壊する』
慌ただしい中で行われたエリスの講義を、沙織は注意深く聞く。
『それと予測される呪術を安定させるには、既に滅びてしまった技術が必要だ。
しかしポリュデウケースは技術者ではないから、今の時代に新たに制御装置を作り上げてはいないだろう。
この読みが当たっていれば、奴は太古の技術を継承しているものを制御用の中継装置に転用している筈。
もしかすると奴は非常に危険な物を所有している可能性がある。
それを黒の聖域で見つけたら、どうするかはお前に任せる。
好きにするがいい。
一つだけ言っておくが、もし本気で失われた技術を手に入れるつもりなら、闘士たちを囮にし犠牲にするつもりでいろ』


あの時、呪術は女神エリスの体を媒体に完成しようとしていた。
しゃべる事すら苦痛だった筈なのに、争いの女神は何事も無いかのように振る舞っていた。
それを思い出すと、絶対に負けられないと彼女は自分を奮い立たす。

しかし正直な話、星矢たちから敵の闘士が奇妙な性質の黒い闘衣を身につけていたと言われた時、まだ暗黒聖衣の可能性を捨てきれなかった。
でも実際に目の当たりにすると、それは聖衣とは明らかに違う。
(あれ自身が血を望み人間を操る……)
壊すにしろ手に入れるにしろ、確実に一筋縄ではいかないと沙織は思った。