空気の震えと共に、デスクィーン島の最後の柱が細かく揺れ始める。 それは柱としての揺れというよりも、光の映像が振れていると言った方が近い。 柱の周囲に居た闘士たちは、この異変を見守るより他は無かった。 この時、いきなり島の大地に強い風が吹き始めた。 同時に夜空は急に厚い雲に覆われ始める。 「嵐が来るらしい……」 天英星の冥闘士ルネが空を見て呟いた。 この現象は当然星矢たちにも影響を与えた。 目の前で柱の光がスパークを起こし、周囲の大地を焼き始めたのである。 だが、意識を乗っ取られているアキレウスに痛みという感覚は無い。 彼は傷つきながらも星矢へ攻撃を仕掛ける。 「アキレウス! 何をやっているんだ」 柱から出る光を避けようとしない相手に、星矢は思わず怒鳴る。 自分の身を守らずに闘うやり方は、死を覚悟した闘士とは明らかに違う。 「目を覚ませ!」 星矢は再び闇の闘衣が武器化するのも構わず、アキレウスの拳を受ける。 そしてそのまま相手を引き寄せて、アキレウスの背後を掠める柱の光から彼を守ったのだった。 次の瞬間、二人は頭上から巨大な光をまともに喰らう。 それは雷のようでもあった。 「何だ。今の落雷は!」 冥闘士の一人が叫ぶ。 それはまるで柱を砕くかのようだった。 しかし、柱は依然存在しつづけた。 |
星矢は雷の直撃を受けた現場から、少し離れた場所に弾き飛ばされる。 だが、神聖衣が守ってくれたのかダメージは少なかった。 どちらかというと直撃を受ける瞬間に、神聖衣が強制的に彼と共に避難したように思える。 (ペガサスの意志なのか?) 星矢はアキレウスの姿を探した。 すると少し離れた所に倒れている青年を見つける。 星矢は彼の元へ駆け寄った。 アキレウスは倒れている女神の闘士を見た時、自分は勝ったのかと思った。 しかし、自分は動くことができない。 しかもアテナの聖闘士は自分の元へやって来たのである。 そうなると勝敗は明らかだった。 少なくとも相手は動く事が出来るのだから。 これが武神パラスの加護を得た者の実力という事なのか。 「アキレウス。しっかりしろ!」 相手の言葉に、アキレウスは驚く。 しかし、星矢もまたアキレウスの様子に目を見張った。 黒い闘衣は雷の衝撃で半分以上崩壊していたが、その内部はアキレウスの体に描かれている呪術の紋様と融合していたのである。 人の体に金属が溶け込んでいるかの様な印象を受ける。 「お前は闘衣と融合しているのか?」 アキレウスは相手の言っている意味が分からない。 しかし、目の端に見える自分の闘衣は、確かに養母テティスが自分にくれた物ではない。 あれは美しい輝きを持っていた。 しかし、今自分がまとっているものは何処か禍々しい。 勝利に固執するあまり、このような失態を演じては親友に怒られてしまう。 パトロクロイスは如何なる時も誇りを持って闘う事を信条にしていた人間なのだから。 でも、これなら親友は自分を叱りに現れてくれるかもしれない。 アキレウスは何か可笑しくなってしまった。 「アキレウス?」 相手の浮かべる笑みの理由が分からず、星矢はアキレウスの肩を揺する。 今はどういうわけか柱から光もほとんど降り注いではいない。 とにかく、この場から離れた方が良いと考え、星矢はアキレウスを担ごうとした。 すると、彼はそれを拒絶した。 彼は自分の事を生きている人間ではなく、島に張りめぐらされた呪術の囚われ人だと言う。 「囚われ人?」 既にアキレウスのまとっていた闘衣はボロボロになっており、黒光りしていた輝きも失せている。 彼は言葉を続ける。 島の奥深くにある闇の十二宮を滅ぼして欲しい……。 あれが存在する限り、自分たちは本当の開放が得られない。 いつの日か再び大量の犠牲を代償にして、復活をさせられてしまうと言う。 アキレウスの言葉に星矢は頷く。 「そのつもりだ」 するとアキレウスは安心したのか、一呼吸した後動かなくなった。 「……」 星矢は相手の体を揺さぶったが、アキレウスの体は消え闇の闘衣も砂になる。 彼の手から砂がこぼれた。 ペガサスの聖闘士はそれ以上何も言わず、ただ厳しいまなざしで柱を見ながら立ち上がったのだった。 |
デスクィーン島のある場所にテティスは居た。 不意に彼女は、誰かに呼ばれた様な気がして周囲を見回す。 何処から飛んできたのか、淡く小さな光がゆっくりと落ちてくる。 手を延ばして光を受け取ったが、それは彼女の掌の上で雪のように溶けて消えていった。 |