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破壊への衝動という感情の濁流の中、アキレウスはトロイア戦争時の事を断片的に思い出していた。 かの英雄ヘクトールとの戦いの時に感じた苛立ち。 それは親友であるパトロクロスを倒した憎しみと怒りから来るものだと思っていた。 しかし、今目の前にいる闘士に対しても同じような気持ちになるのは何故なのだろうか? |
連続して繰り出されるアキレウスの攻撃を受け、星矢は少し離れた岩の側まで吹き飛ばされた。 既にアキレウスの拳圧によって大地は抉られ、光の紋様の幾つかは消滅している。 それでも部分的に呪術の光が戦場に弾ける。 そんな荒れた地で、彼は再び立ち上がった。 「……俺はこんな所で倒れるわけにはいかない」 星矢の言葉にアキレウスの表情が微妙に変化した。 |
あの戦いにおいて、ヘクトールは最後まで神の力に縋らなかった。 トロイアの城内には聖像パラディオンが安置されていたというのに……。 国の最深部に密かに伝えられていた女神パラスの聖像。 その加護が得られた者は巨大な力を得られるという。 だから自分はトロイアを攻略する為に、養母である女神テティスから神の力が込められた武具を与えて貰ったのだ。 なのに、ヘクトールはパラディオンに祈らずに自分の前に立った。 その理由が、実弟の為だという。 滅びの宿命を背負った弟を殺したくはないからだと、あの男は言った。 女神パラスの前に敵はいないという伝説が本当ならば、自分はいずれ弟を殺す立場になるからと……。 ヘクトールがそこまで考える聖像パラディオンの力は、どれくらいのものなのか。 それは神の武具を得て戦いに赴いた自分よりも、警戒すべき力なのか。 悔しい。 英雄と言われた自分よりも強い者がいることが……。 聖像パラディオンの加護を得たヘクトールと戦えなかったことが……。 それではパトロクロスが命懸けで守ってくれた名誉が守れない。 こんな不甲斐ない自分の為に、親友は命を落とさなくてはならなかったのか。 |
アキレウスの動きが一瞬止まる。 星矢はその隙を狙って攻撃に転じた。 その瞬間、周囲から次々と光の線が天に向かって走る。 『!』 そして光は星矢の体を包み始めると、翼ある鎧へと変化を遂げたのである。 しかし、その変貌に構う事なく、彼は必殺技を放った。 『ペガサス流星拳!』 その攻撃の威力に、今度はアキレウスの方が後方に飛ばされたのだった。 |