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続・庇護 1

紅き炎……。
全てを焼き尽くす真紅の獣。

身体を裂かれし地母神の産み出した新たな焔か。

デスクィーン島の地上に居た冥闘士達は、周囲の状況が変わった事に気付いた。
「この気配は何だ?」
ミーノスは周囲を見渡す。
今まで立ち込めていた冥界の空気が、今度は停滞したように感じる。
もっと詳しい言い方をすれば、空気その物が凍りついたかのよう。
地上に居るというのに、非常に息苦しかった。

空間が音を立てて裂ける。
異空間に閉じ込められていたアイオロスは、この現象の意味を最初は理解できなかった。
しかし、しばらくして遠くの方で金色に光る“何か”が目に留まった。
出現と消滅を繰り返す現象を見続けていく内に、それの正体に気付く。
彼は光の出現する方角に向かって叫んだ。
賢者ケイローンが教えてくれた『聖域に眠る負の遺産』が覚醒したのだと分かったからである。

太古の神族。
それの最後の生き残り。
未だに、その存在の影響力は計り知れなかった。

聖域は確かに『地上の守護神である女神アテナ』を守る聖闘士たちによって構成されている。
しかし、その事実の裏には多くの言葉にしてはならない真実が隠されていた。
その内の一つが山羊座の黄金聖闘士が抑えている異形の神スフルマシュの存在。
この古き神は陸と海の双方に絶大な力を持っている。
そしてその力を欲する人間は、いつの時代も常に存在していた。
だからこそ聖域では『彼』を抑え静めるべく、山羊座の黄金聖闘士が常に近い位置に立っていたのだ。
女神アテナに最も忠実だからこそ、彼はスフルマシュの存在に迷わないからである。

「シュラ。しっかりしろ!
スフルマシュが動き出しているぞ!」
アイオロスは声の限り叫ぶ。
今まさに太古の神が、呪術に満ちた空間で力を取り戻そうとしていた。

この事態は当然沙織たちの方にも、重々しい空気の淀みとして伝わる。
しかし黄金聖闘士も白銀聖闘士たちも、それが何なのか分からない。
沙織だけが危険極まりない存在に気が付いた。
「シュラ!
スフルマシュを外に出してはなりません」
その叫びは闇に吸い込まれる。
沙織は闇の十二宮へ向かおうとしたが、まだ呪術の光が点滅していた事も有って黄金聖闘士たちに止められた。

(やはり私の作った束縛の呪術は、より古い神族には効果が薄い)
神殿ではポリュデウケースが微動出せずに立っている。
足元の紋様は、先程よりも点滅が緩やかになる。
「何だ。この気配は……」
「……」
デスマスクとアフロディーテは、それが何であるのかは分からなかった。
しかし、尋常ではない存在であることは直ぐに分かった。

紅き炎。
紅蓮の龍。

シュラは感覚的に、それが紫龍の小宇宙に因る物だという事を知っていた。
しかし、自分の目の前に現れた存在は、その龍を非常に警戒していた。
その姿を見た時、彼は言葉を失う。
それは山羊と魚の融合体。
だが、どちらかというと似ている動物の名で表現しただけで、実際に山羊と魚を持ってきた所で目の前のそれとは似ても似つかないだろう。
それくらい相手は異様だった。

『……』
異形の獣は絶叫し、出口を求めて無茶苦茶に暴れ回る。
そのうち上空に現れていた光の紋様が、それの角によって切り裂かれた。
同時に風が周囲に吹き荒れる。
そしてシュラの脳裏には、紅き龍を嫌悪する声が聞こえてきた。
実際は人間の声とはかけ離れていたが、確かに相手は言語を操り怒りを叫んでいた。
(これは……)
異形の獣と紫龍の小宇宙の関係は分からない。
だが、このままでは相手は紫龍を攻撃に向かうだろう。
そして女神アテナに災いを成す事は推測できた。
(止めなければ……)
だが、身体は思うように動かせない。
彼は大きな岩山に打ちつけられた銀色の鎖で、手足を縛られていたのである。
そしてその鎖はシュラがエクスカリバーの使用によって切断を試みると光に戻り、次の瞬間には鎖に戻るという事を繰り返していた。
事実上、彼の最大の技は封じられていたのである。