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庇護 4

紫龍の拳が相手の闘衣を打ち砕く。
だが、驚くべき事に暗黒の闘衣はドラゴンの神聖衣に同化し始めた。
「何っ!」
紫龍はその場から離れるが、引き抜いた部分から黒い気が神聖衣を少しずつ染め始める。
『……』
そして今まで虚ろな眼差しだった暗黒の闘士の瞳には、意志の光が宿っている。
『我が名はパトロクロス。
若き闘士よ。名は何という?』

その声は優しく、とても穏やかなものだった。
そして紫龍はその名に驚く。
目の前に居るのはトロイア戦争にて非業の死を遂げた英雄だったからである。

「俺の名は紫龍。龍座の聖闘士だ」
するとパトロクロスは納得したらしく、何か言葉を呟いた。

同じ頃、星矢の方はというと、柱から現れた闘士の一方的な攻撃を何とか避けていた。
既に彼のまとっていた防具は、かなり破損している。
何しろペガサス流星拳を使っても、相手にダメージをほとんど与えられないのである。
この勝負は、ほとんど相手側攻撃の一方的なモノ。
(何てスピードだ!)
聖闘士である自分が押され気味なのは、相手がペガサスの神聖衣に似た闘衣をまとっているだけではない気がした。
そして向こうは根っから闘う事を楽しんでいる。
星矢は大地を抉るような攻撃を避けると、少しだけ敵と距離を置くことに成功。
すると、相手も星矢がただの少年では無い事を理解したらしい。
『このアキレウスの拳から逃れるとは、面白い……』
その名を聞いて、星矢は何かを思い出しそうになる。
だが、実際は頭が少し痛くなっただけ。
とにかく呑気に思い出す時間など、彼には無かった。
再び攻撃が繰り出され、星矢は身を守るのが精一杯だった。

一瞬の閃光。
多分、あと一秒でも紫龍の反応が遅かったら、彼はデスクィーン島の大地に倒れていたかもしれない。
しかし、紫龍はパトロクロスの攻撃を避けた。
そして、先程まで闘争する意志を微塵にも感じさせなかった男が、何故この攻撃に対して辛そうな顔を見せるのか。
パトロクロスの叫びに、紫龍は彼の事情を知ることとなった。

暗黒の闘衣は、闘士の運動能力を支配する性質を持っていたのである。

だからこそ、それを身につけた闘士は武具に支配され、戦う事を止める事が出来ないのだ。
闘士の生命を糧に目の前の敵を滅する闘衣。
そして紫龍は先程染まったパーツが、自分に軽い痛みを与えている事に気がつく。
(聖衣に性質が感染するのか?)
信じられない事ではあるが、とにかく神聖衣をまとったままパトロクロスとは戦えない。
そして目の前で英雄の親友だった男は、暗黒の闘衣に飲み込まれようとしていた。
彼は紫龍に向かって叫ぶ。
弱きゆえに闇を受け入れてしまった自分を開放して欲しいと……。
その言葉が終わるか終わらないかという時、肌に黒い紋様が現れ始め目が再び虚ろになってきた。
(ならば……)
紫龍は即座に今まで身につけていた神聖衣を外した。
とにかく一撃でパトロクロスを倒さなくてはならない。
そうしなければ、この大地に倒れるのは自分の方なのである。
(春麗……)
あの悪夢の場面で、春麗の首に伸びた男の手。
それが闘衣に支配されたパトロクロスのものではないとは誰も言えない。
既に彼は自我を失いつつあるのだから……。
そして武勇に優れた存在ならば、自分がただの殺戮者にされる事は何よりも辛いはず。
初めて会う自分に託した叫びのような願い。
紫龍は覚悟を決めて、必殺技を放つべく構えた。