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アレクサーは踵を返して霊廟から離れる。 (結局、俺も父上も別の事を見すぎて人を見ていなかったわけだ) 実際にアレクサーが出会った白鳥座の聖闘士は、敵であった自分だけでなくナターシャにも気遣いが出来る闘士だった。 そしてその兄弟子だという海将軍も、攻撃的な姿勢を見せず妹の護衛までしてくれた。 どちらも自分たちがあれ程までに警戒した水瓶座の黄金聖闘士の弟子。 全面的に聖闘士や海闘士たちを信じる事は出来ないが、あの二人ならば話を聞く事くらいはしても良い。 そんな気になったからこそ、アレクサーは父親の霊廟の前に立った。 いつか自分はブルーグラードの民を守る為に非情な決断を下さなくてはならない。 場合によってはあの二人と対決をするかもしれない。 その時に自分が迷ってはならない立場である事を忘れない為に。 「兄様」 霊廟から出てきたアレクサーにナターシャは驚いてしまった。 「父様に会われたのですか?」 「……霊廟内から水の音が聞こえたから、様子を見ただけだ」 アレクサーの返事にナターシャは寂しそうな表情を見せる。 だが、アレクサーは本当の事を言うつもりは無い。 それが父親との無言の約束だからだ。 「それよりナターシャ。お前の方こそ、祈り場に何の用だ」 ここはブルーグラードの統治者が代々眠る場である。 本来なら儀式等の事柄が無いときは無人の場所。 するとナターシャは困惑した様子で答えた。 どうやらアレクサーに怒られると思っているらしい。 彼女の後ろでは、お付きの侍女がオロオロしていた。 「……あの……、あの方たちは何か大変な事態に関わっているのではないかと思ったので、せめてご無事をお祈りしようかと……」 今までブルーグラードの民や兄の為に祈りを捧げる事はあった。 しかし今回は他の組織に属する闘士の為に祈りたいという。 (ナターシャはこういう子だ……) 誰にでも優しい妹だからこそ、その良き部分を失って欲しくない。 父親もナターシャの存在を最優先に選んだ。 実の息子を父親殺しの闘士という血塗られた道に落とすことになっても……。 「今はあいつらと敵対してはいない。だから咎めはしない。 だが、程々にしておけ」 それだけ言うとアレクサーは振り返らずに、その場を離れた。 「兄様。ありがとうございます」 ナターシャの声が少しだけ震えていた。 |
「!」 虚空をつかむ手。 だがその瞬間、 「そいつを落とさないでくれ!」 と言って、一人の青年が氷河の手を掴んだ。 その青年とは、スキュラの海将軍イオ。 彼は空間の不安定さを無視して、二人の闘士を助けるために穴に飛び込んだのである。 虚空の足元。 風は容赦なく彼らを穴の奥底へ吸い込ませようとする。 そして耳には何かが砕けるかのような音が聞こえた。 だが、しばらくして氷河の足は何か固い物に当たった。 何であるかを確認する事無く、反射的に彼はそれを足場にしてアイザックを抱えたままジャンプをする。 イオもその行動を見て、素早く穴から離れた。 ただ、スキュラの海将軍には一瞬だけではあったが、何が其処にあったのかが分かった。 それは巨大な氷の固まり。 それも細かい氷が狭まる空間の中で寄せ集められて出来た物。 |
そして数秒後、彼らの足元に出来ていた穴は細かい氷を吐き出して、何事も無かったかのように元の荒れた大地に戻る。 夜の闇の中、穴のあった場所だけが呪術の影響が徐々に弱くなり、ついには何も光らなくなった。 |