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空間に漂う水が、二人の闘衣に触れると瞬時に凍りつく。 そしてその氷は彼らから離れると、次々と他の氷とくっついて空間に壁を作り上げたのである。 (運命の女神たちの力か?) 氷の壁はアーチとなって、二人の闘士を閉鎖されようとする空間から守る。 だが、しばらくして氷の壁は音を立て始めた。 彼らは強制的に道を作っているのだが、安定を図ろうとする力の方が断然強い為に壁に負荷がかかっているのだ。 あと少し! そう思った瞬間、氷河の足元が崩れた。 足場にしていたモノが突然消えたのである。 「しまった!」 咄嗟に手を伸ばす。 しかし、その手は外につながる大地には届かなかった。 |
彼は何かの気配を感じた。 だが気の所為かも知れない。 氷戦士のアレクサーは今、大罪の眠る霊廟の前に居た。 (此処に来ることは無いと思っていた……) 自分が手をかけた父ピョートル。 本来ならば此処に居ることは許されない。 だが、自分の罪を正当化する事が無いよう、彼は此処来たのだった。 アレクサーは、ただ目の前の文字を見つめていた。 良き統治者。厳寒の地に暮らす民の希望。 誰もが彼をそう表現する。 だが、アレクサーにとってはやっかいな人物だった。 そして父親も息子の気性を理解していた。 『聖域にもうすぐ女神が戻ってくる』 運命の日、父親の言葉にアレクサーは表情を変えた。 遠い国の話ではあったが、無視することは出来ない。 何故なら彼らには大事な宝があった。 それは妹姫のナターシャ。 今のブルーグラードを支えているのは、彼女だといっても過言ではない。 『今までの聖域は混乱により力が分散されていた。 だが、女神の存在により聖域は統一されるだろう』 それは彼らが一番危惧していた事だった。 ナターシャは幼い頃、自分が闘士の手にかかって死ぬという悪夢を見ている。 それは予知夢と言う物ではなくとも、非常に現実味のある事態だった。 過去にも氷戦士を誕生させた土地ゆえに、今や全世界に聖闘士を派遣している聖域としては自分たちを無視してはくれない可能性がある。 何しろシベリアに黄金聖闘士を常駐させているのだ。 聖域からの命令があれば、その闘士はブルーグラードを攻撃する。 味方同士になったことは一度も無い間柄。 妹をはじめ女子供すら攻撃対象にされることは覚悟しなくてはならない。 しかし、それ以上にアレクサーが危惧することがあった。 それは父親でもあるピョートル自身も、良く分かっていた。 『アレクサー。 もし聖域がナターシャを寄越せと言い出した時、私はそれを拒むだけの力がない……』 ブルーグラードにとって女神アテナは異国の武神でしかない。 『我が息子よ……。 大事な物は一つであるべきなのだ』 確かに妹を守りたいのならば父の存在は危険だった。 彼は権力者ではあったが、血と暴力の道には進めない人物なのだ。 だからこそ妹もブルーグラードの民も、統治者である父を尊敬している。 「貴方の代わりに俺が地獄を突き進む」 そういって手を下した時、父親は満足げな表情だったように思えた。 |