「こんにちは」
見知らぬ少女が自分に向かって挨拶をした。
シオンは少々面食らってしまう。
ここは聖域の浜辺の筈。
ただ、自分の方でも黄金聖衣を纏ってはいないので、向こうはこちらが聖闘士だとは思ってはいないだろう。
ただ、聖戦直後の荒れた地に、このような少女が一人で居る事は不思議だった。
「其方は聖域の関係者か?」
服装といい外から来た娘では無さそうだが、シオンは彼女に見覚えが無い。
「ある意味そうなるわね」
彼女の返事はとても曖昧だった。
シオンは失礼だとは分かってはいたが、目の前の少女の顔をじっと見た。
数年間でも聖域で暮らしていれば、それなりに人の顔は覚える。
それに元々聖域に住む女性は少なく、若い娘ともなれば他の男たちが放っては置かない。
だが、目の前に居る少女は記憶になかった。
「名は?」
彼としてはごく普通に尋ねたつもりだった。
しかし、彼女は悲しそうな表情をする。
「ここに来る途中、捨てようかと迷ったの……」
「?」
「でも、お祖父様の知らない名前では意味がないから、もう少し持っていようと思うわ」
全然会話になっていないが、シオンは彼女が名乗る気がないのだと気付く。
若い娘はそういう悪戯をやることがあるし、そのような話は村人等から聞いたことがあった。
彼は怒る気にもならず、少女の都合に合わせることにした。
(そういえば、私は何故此処へ来ようと思ったのだ?)
先日、聖戦を共に闘い抜いた女神が、その役目を終えたという事で神々の元へ帰った。
そして激しい闘いを生き抜いた友は、冥王と冥闘士たちを見張る為に五老峰へと向かったのだ。
今の聖域には自分と幾人かの雑兵と神官や女官たち。
これから引退した聖闘士達に連絡を取らねばならない。
忙しい筈なのに、何故かシオンは浜辺へ来てしまった。
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