INDEX

続々・花籠 2

人気も無く春先の寒い五老峰。
そんな場所に乳飲み子を捨てる者が居るという事に怒りを覚える。
だが、今は赤ん坊を保護しなくてはならない。
「怖がらないでくれ」
そう言いながら抱き上げたとき、不思議と花の香りがしたような気がした。
「童虎に探させるか……」
天秤座の黄金聖闘士は役目として五老峰の大瀧の前に居続けてはいるが、だからといって山の麓に住む村人達を拒絶しているわけではない。
あの男なら村人の手を借りることも出来るだろう。
自分が聖域にこの赤ん坊を連れて行くよりはずっと良い。
ところが向こうの反応は、思いっきり不安を煽るものだった。

「お主の子か!」
「滝壺に落ちてしまえ。愚か者!」
馬鹿馬鹿しい言葉に腹が立って、即座にスターダストレボリューションを使った。
赤ん坊がビックリして泣きだしたので、さすがにこれは幼子には悪かったと思う。
とにかく状況を話して童虎に預けた。
なるべく早くに手放すように。
童虎も了承したくせに、今度はいつまで経っても赤ん坊を手放そうとしない。
「今、見つけているところだ。
お主も毎日のように春麗の様子を見に来るくらいなら、育児を手伝え」
「……」
ちょうど真夜中に五老峰へ行き、眠れずに愚図る春麗をあやした事が幾度かある。
こんな老人を怖がるどころか、しばらくして春麗は嬉しそうな表情をする。
この笑顔はかなり危険だ。手放せなくなる。
「探す気が無いのなら春麗を聖域に連れて行くぞ。
向こうなら人手が多少はあるからな」
こういうと童虎は春麗を寝かしつけに部屋を出る。
拙いことを言ったなと自分でも思う。
聖域はいつ戦場になってもおかしくない場所だ。
そんな所に赤ん坊を連れて行くのは正気の沙汰ではない。

(結局、ポリュデウケースの一件で私はこの世を一度は去った……)
あの時、弟子のムウの事も気にはなった。
だが、ムウは要領のいい子供だったから大丈夫だとも、彼は考えた。
いざとなれば童虎もムウの味方になるだろう。
ところが、よりにもよって童虎がムウに春麗のベビーシッターをさせていた。
(最初から春麗を手放す気がなかったということか)
自分の身が危うくなるかもしれないというのに幼子を手放さなかった旧友。
その気持ちが判るような気がするだけに、シオンとしては逆に腹立たしかった。

「シオン様」
ようやく春麗がシオンの所まで追いつく。
だが、彼女は聖闘士に近づけないので、逆にシオンと魔鈴の方が場所を移動した。
ところが春麗の立っている場所の壁から急に黒い煙が吹き出し始めたのである。
「春麗!
そこから離れるのだ」
運良く床の模様が消えていたので、彼女はその場所から魔鈴の指し示す場所へと移動する。
そしてシオンは敵の出現かと判断し、咄嗟に壁を破壊した。

「何っ!」
破壊された壁の向こうは小さな部屋になっており、黒い煙が漂っている。
だが、穴が開けられたことで空気が流れるようになり、部屋の中にあった物が姿を現す。
「これは……」
中央の石台の上に鎮座していたのは、黒光りする牡羊座の聖衣だった。