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続・花籠 5

「何っ!」
氷河の目の前で、キュクノスが黒い泥に飲み込まれる。
そして再び声が聞こえた。
『我ハ、トオーン(速い男)……』
その後、高笑いが聞こえてきたが、直ぐさま絶叫に変わった。

氷河はその理由を直ぐに理解した。
泥の中から現れた男はキュクノス。
ただ、顔の表面には爬虫類のような鱗が一部見えた。
「化け物を取り込んだか……」
しかし、キュクノスは氷河の言葉を嘲笑う。
神の子が巨人ごときに倒されはしないと言い、彼の態度は自信に満ちていた。
彼は一気に氷河を倒すべく動く。

こうなると巨人族を身に取り込んだキュクノスの動きは桁違いに早く、氷河は攻撃を避けるのが精一杯。
そんな彼らの横では、柱のヒビはますます長くなっていく。

(早くしないと……)
ここには仲間や自分の師匠が居る。
そして聖域には、恋人が怖い思いをしながらも自分の帰りを待っていてくれている筈。
(ここで倒されるわけにはいかない!)
絶対に彼女を守るという約束を守るためにも……。

その時、光の柱に大きな亀裂が入る。 そこから零れる光が周囲の岩を溶かした。
もう一刻の猶予もない。
(一か八か、賭るしかない!)
とにかく柱の亀裂部分を凍りつかせなければならない。
氷河はキュクノスの攻撃を横に避ける。
その時、キュクノスが咄嗟に彼の身体を掴み、柱の方へと投げてしまう。
『死に急いだか』
そして氷河の身体が柱とぶつかろうかとした瞬間、大量の白き光が氷河を包み込んだ。

「強力な援軍ですか?」
ミロの疑問に沙織は頷く。
「あれは女神ニュクス様の娘神である運命の女神たち。
エリスの姉妹神が力を貸してくれました」
沙織は青い宝石を祈りを捧げるかのように両手で包み込むように持つと、そっと目を伏せた。


眩しいまでの白い光。
その中で 氷河は自分が付けていた武具が消滅し、本来自分が所有していた神聖衣が出現したことに驚く。
そしてそれは姿を微妙に変えた。

今、氷河の前には三柱の仮面を着けた女神が立っている。
「貴女方は……」
氷河の疑問に彼女らは、巨人族トオーンとアグリオス(野蛮な男)を滅ぼす宿命の者と答えた。


『仕方のない奴らだ』
タナトスは絵梨衣を抱えたまま不機嫌な表情をする。
『致し方あるまい』
ヒュプノスは表情を変えずに答える。
だが、そのような返事こそがタナトスの怒りを呼んでしまった。
『お前が言うな!
貴様がキグナスの神聖衣を持ってこなければ済んだんだ!』

しかし、ヒュプノスは動じない。
『あれを此処へ持ち込んだのはあの子達だ。
お前がいくら反対しようとも無駄だ』

そう言われてタナトスは黙ったが、彼に抱えられている絵梨衣は何事が起こるかと青ざめていた。
ヒュプノスはそんな絵梨衣の額に手を当てる。
彼女はその直後、 瞼が急に重くなり深い眠りに就いた。

『ところでエリスはどうした』
タナトスの問いにヒュプノスは静かに答える。
『まだ、こちらには何も言ってきてはいない』
そう言いながら眠りの神は絵梨衣の前髪に触れた。