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続・花籠 3

呪術の光が不安定になった神殿。
何らかの負荷がかかっているのか、壁に突き刺さっている銀色の矢が音を立てて火花を散らす。
だが、ポリュデウケースは動揺した素振りを見せない。
むしろアフロディーテの方が、何かに気がついて眉を顰めていた。

(拙い奴が関わってきたな……)
そんな彼の様子を無視して、デスマスクは気配の持ち主について尋ねる。
「今度は一体誰だ?」
何処か聞くのも面倒と言わんばかりの口調。
アフロディーテはしばらく考えた後、静かに答える。
「この気配は……、トロイアの猛将キュクノス(白鳥)だ」
その人物が何故そう呼ばれているのかと言うと、髪も肌もとにかく色素が薄かったからだという。
「だが奴は敵を倒すという事を楽しむあまり、味方を犠牲にしても構わないと考えている節があった。
最後に自分と数人の味方が生きていれば、自ら神の子であり不死身である事を他の人間に証明できるからな」
その為、彼がギリシャ側の英雄アキレウスと対峙した時、味方であった筈のトロイアの兵士たちはキュクノスが倒されても仇を討とうという行動は起こさなかった。
「それは嫌な奴だな」
「……とにかく奴が不死身とも言える肉体の持ち主だった為、アキレウスもまっとうな倒し方をしなかったくらいだ。
奴と対戦する者は苦戦どころか地獄を見る事になるだろう……」
アフロディーテは当時の戦いについては凄惨を極めたとだけ言い、それっきり口を閉ざした。


夜空の美しい世界。
彼は広い草原で絵梨衣を見つけるが、特に何もせずに絵梨衣の事を見下ろしていた。
絵梨衣は名前の判らない青年神の行動に戸惑って、何とか首を動かして辺りの様子を見る。
その時、彼女は自分の傍に白鳥が三羽居る事を知った。
ただ、身体がまだ痺れているので直ぐに顔を上に戻す。
しかし、これでは自分の顔を覗き込んでいる青年と視線が合うので、ある意味恥ずかしかった。

『お前はエリスの依代か?』
青年神のいきなりの質問。
彼女は問われている意味が判らなかったが、とにかく頭を動かして
「そうです……」
と言った。
すると彼は少々嫌そうな表情になる。
そして近くにいた白鳥たちが声を出す。
それでようやく、鈴のような音が白鳥の声である事に絵梨衣は気がついた。

『ラケシス、クロートー、アトロポス。 聖闘士たちはエリスが鍛え上げた人間たちだ。
お前たちが巨人族と再戦することは無い』

タナトスは聞く耳持たないといった調子で、妹神である運命の女神たちに言う。
前回のギガントマキアで彼女たちは二人の巨人族と対峙し勝利したが、今度も勝てると言う保証は何処にも無い。
これ以上妹たちを危険な目に遭わせたくないと言うのが本音だった。
だが、彼女たちは巨人族と戦うと言って頑として譲らない。
何しろ姉神の依代である少女を平原から見つけ出し、その中に居るであろう姉神に訴えでようとしたのだ。
結果として兄神であるタナトスに、この場所を知られてしまうのだが……。

白鳥の一羽が、そっと絵梨衣の頬に顔を寄せた。
その温かさに、彼女は目を瞑って深呼吸をする。
だがその瞬間、彼女の脳裏に傷を負っている氷河の姿が見えた。
見た事も無い武具を纏っている恋人。
絵梨衣は自分が白鳥座の神聖衣を預かっている所為だと判断した。
「氷河さん!」
絵梨衣は驚いて上体を起こそうとしたが、上手く起き上がれない。
じたばたともがいて、うつ伏せになる。
『依代!』
タナトスはようやく絵梨衣を抱き起こす。
「氷河さんが……」
何故、そのような場面が見えたのかは判らない。
しかし、絵梨衣は何かをせずには居られなかった。
恋人が助かるのなら、今代わりに自分が生命を失っても良い。 そこまで思い詰めていた。
『タナトス。諦めろ』
聞いた事のある声に絵梨衣は、声の主の方を向く。
そこに居たのは金色の髪をもつ青年神。
その腕には大事な恋人の神聖衣があった。