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花籠 5

巨大な二つの気配が同時に消える。
ポリュデウケースは怒りの眼差しで闇を見つめた。
(テーセウスは呪縛から逃れられない。いずれ呼び戻す。
だが、ペイリトオスは……)
復讐を遂げる為の千載一遇のチャンス。
だが、それは叶わなかった。
なのに、心の何処かでカノンがペイリトオスを倒した事を喜んでいる。
(サガ!
貴様の弟は何者だ)
自分自身に問いかけても何の反応も無い。
不死の神はこの時初めて、自分の中に沸き上がる不安に対して動揺した。

闇の中で広がる白い翼。
貴鬼は自分の知っている聖闘士の聖衣を思い出した。

「……さん、起きてください」
優しい少女の声に、貴鬼は驚いて目を覚ます。
「エ、エスメラルダさん!」
そこに居たのは不安げな表情のエスメラルダ。
しかし、貴鬼が起きた事で彼女の表情も和らぐ。
「大丈夫ですか?」
「うん。オイラは平気だよ!」
彼女に安心をしてもらおうと貴鬼は直ぐに起き上がり、わざとはしゃいだ声を出す。
「ところでエスメラルダさん。怪我はしていない?」
彼女が何処か怪我をしていないか、貴鬼はエスメラルダの周りを一周する。
「私は大丈夫です」
そう言いながら彼女はキョロキョロと辺りを見回していた。
貴鬼も一緒に様子を見るが、この場所には呪術で作られた光の模様は少ししかなかった。
そして光の色が、何となく違っている。
(さっきの場所からどれくらい離れたのかな……)
とんでもない場所に飛ばされているのかもしれないが、今はそれを確認する術が無い。
動くべきか、此処に居続けるべきか。
どちらにしても危険度は変わらない。
何しろ此処は自分たちも知らない場所なのだから……。
その時、何も無いと思っていた場所に金色の光が舞い降りる。
貴鬼とエスメラルダは、驚きのあまり声が出せずにいた。


そして沙織たちの方では、白銀聖闘士である魔鈴を連れてきた理由が彼女自身の口から告げられていた。
それは親友である冥妃から聞いたやっかいな味方について。
話を聞いた時、闘士たちは戦慄する。
その女神の名はキュベレー。
アナトリア地方の太母神であり最高神として人間たちの信仰を集めていた女神である。

「あの方もまた太古の女神の一柱で、戦を勝利に導く力を有していますが……。
今回はギガントマキアゆえの協力ではなく、闘士の一人を獅子にして手元に置きたいが為に私たちに味方するようです」
この事で、ペルセポネも冥闘士たちが心配になって教えてくれたのである。
女神キュベレーが誰に目をつけるのかがよく分からない。
だが、彼女の獅子好きは筋金入り。自分の戦車を獅子に引かせているくらいなのだ。
沙織がその事を聞いた時、一番最初に想像したのは獅子座の黄金聖闘士の事だった。
そして、次に思ったのは子獅子座や占星術で獅子座の影響下に居る闘士たち。
とにかく誰を狙って向こうが動くのかは、 相手の女神の胸三寸の事なので調査のしようがなかった。
「ですが、そのような代償行為は一度でも許せば次々と要求されます」
既にジュネを犠牲にしている以上、女神キュベレーが闘士に執着するのは分かっていた。
女神ヘカテに捧げることが出来て、何故自分では駄目なのかと問い詰められるだろう。
「魔鈴。貴女にはアイオリアの捜索を命じます。
もし、この混乱に乗じて女神キュベレーに関わる者、または聖闘士でない者がアイオリアに近づいた時は、彼を傷つけることになっても奪われることを阻みなさい」
この言葉に他の黄金聖闘士達の方が驚いた。
「それは無茶だ!」
ミロは思わず言葉をあげてしまう。
「女神アテナ。魔鈴にアイオリアを始末させるのですか!」
だが、そんな彼自身も魔鈴を見た時、別の方法に気がついた。

要はアイオリアが自分の立場を認識すれば良いのである。
彼女が命を失うことになっても、それで彼を追い詰めれば十分なのだ。

「承知いたしました」
鷲座の白銀聖闘士は静かに答える。

シオンは彼女の苦渋の決断に異を唱えることが出来ない。
「女神キュベレーがそのようなことを……」
確かに、かの女神は聖域としても無視する事は出来ない実力者。
その時、彼はある考えが脳裏を過る。
そして嫌な予感がした。
収集家と言うのは、時として趣味の範囲が横滑りを起こすことが在る。
(童虎の方に興味が向いている事は無いだろうか……)
獅子と虎の差を、女神キュベレーがどう思うか。
考えたところでシオンに判るわけがなかった。