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反撃 6

放たれた白銀の矢は、白羊宮であろう建物の中に吸い込まれる。
一瞬の沈黙。
そして今度は砂の落ちるような音と共に溢れんばかりの光で示された魔方陣が、白羊宮を始め次々と闇の中に浮かび上がる。
その勢いは、まるで水面に石を落としたかの様だった。

「あの矢は、場所に仕掛けられた呪術を視覚化出来る能力を持っているのです」
沙織の説明に誰もが納得をした。

次々と光の矢は闇の十二宮を飛んで行く。
放物線を描くのではなく頂点の神殿を目指して十二宮に光を与える矢の動きは、まるで呪術の力に反応し、その反発力が推進の原動力であるかのようだった。
この様子は当然、神殿に居たポリュデウケースにも察知される。
だが、二人の黄金聖闘士が同じ部屋に居る為、動く事が出来ない。
「やってくれたな。トロイアの英雄」
ポリュデウケースは不敵な笑みを漏らす。
アフロディーテは何も言わずに、ポリュデウケースの事を見た。
「……イーリオス城陥落の道具を守り通したようだな」
神の言葉は皮肉に満ちていた。


当時、トロイアの王プリアモスの居るイーリオス城は、強固な要塞でもあった。
だがトロイアから離反した予言者ヘレノスから、ギリシャ側の智将オデュッセウスにある情報がもたらされる。
その情報とは、イーリオスを攻め落とす為に必要な三つの条件だった。
『ヘラクレスの弓を使う事』
『アキレウスの子を味方にする事』
『イーリオス城にある神像パラディオンを奪う事』
これが行えれば城は攻略出来ると言われ、ギリシャ軍は見事やり遂げたのである。
そしてトロイアの最後の英雄は、炎に包まれる王の城を見て祖国の敗北を知った。


自らの中に入り込んだ敵を抹殺すべく、ミロは己の肉体ごと滅ぼす覚悟を決める。
だが、彼はそれを成し遂げられなかった。
「シャイナ!」
いきなり蛇遣い座の白銀聖闘士が、彼の腕にしがみついたのである。
「やめてくれ!」
強張った表情のシャイナ。
ミロは不覚にも昔に仮面を取って涙を拭いていた少女の顔を思い出し、躊躇ってしまった。
その隙を付いて、自分を支配しようとした闇は姿を消す。

「何故止める!!!」
八つ当たりの様に怒鳴るが、シャイナは腕を離さない。
「……やめてくれ。 カシオスの時と同じような事は……」
彼女の絞り出す様な言葉に、ミロは我に返る。
自らの信念に殉じ、死を選んだ彼女の愛弟子。
(あの子は聖闘士では無いという事で、女神の加護による復活もない)
それを悔しいとは思う事は闘士として傲慢以外の何ものでも無いが、一言だけでも言葉を交わしたかったのは事実。
偉かったと褒める事も、すまなかったと謝る事も出来ない。
だからこそ邪悪なる者の存在を討ち滅ぼすという気持ちを保つ事で、何とか自分を維持していた。

ただでさえ自分が壊れそうだった。
なのにもう一度、同じ場面が繰り返されようとしているのである。

(今度は止めてみせる)
二度と哀しみを生み出さない為にも……。
「誰かが死ななくては解決出来ないという答えは、二度と出させない……」
シャイナの震える声。
不意にミロは、小さい頃に仮面を外した少女の事で一晩中悩んでいた自分を思い出す。
(あの頃の俺は、少なくとも今よりは他人を思いやっていたのだろうな……)
いつから自分の事しか見なくなったのだろうか?
(まだ、あの頃の俺は俺の中に残っているだろうか?)
彼女を安心させるべく、ミロその肩を軽く叩く。
するとシャイナは顔を上げて、真っ直ぐ彼の目を見た。
蠍座の黄金聖闘士は、あの頃よりもずっと奇麗になった少女に苦笑してしまう。

その時、地面や岩の壁に幾つもの光の線が現れる。
光は二人の足元に魔方陣を描き、そして周囲の壁にも紋様を浮かび上がらせた。
「この場所は特別だったらしい」
ミロは自分がここに誘き出された理由を察知した。
そして、どの道を通れば無駄なく別の場所に行けるのかも理解したのだった。