島は既に夕陽が落ち、闇の侵蝕が始まっていた。
徐々に失われてゆく光。 もはや視覚を頼りに行動するのは、かなり危険な環境になっていた。 そしてシャイナの気配が感じられない為、沙織達は黒の聖域の場所が判らない。
「呼びかけているのですが、返事は有りません」 教皇の言葉に沙織は頷く。 「如何なさいますか?」 無理矢理付いてきたシオンも、この事態に腕を組んだ。
聖域側の防衛をダイダロスとオルフェに任せてまで、彼がこちらへ来たのは最悪の場合に備えてだった。
万が一この島が崩壊し始めた時、女神と二人の少女を聖域に連れて帰らねばならない。
今、アルゲティ以外の他の聖闘士たちは黒の聖域へと続く道を探していた。
「春麗もエスメラルダさんも大丈夫?」 一緒に付いてきた貴鬼に尋ねられて、少女たちは平気だと答えた。
何しろ気温が急激に下がる土地に行くと言う事で、聖域の女性たちは彼女達に上質の上着などを用意してくれたのである。 仄かに香るのは悪しきものを寄せつけないと言われる植物の香。
主神である女神アテナがもともと呪術に関わる存在でない為、聖域で出来る事はたかが知れていた。 それでも女性達は春麗やエスメラルダに貴重な香を使ってくれたのである。
「この土地に詳しい者が居れば良いのですが……」 春麗を連れてきたミーノスが沙織に尋ねる。 だが、此処を修行地とする一輝も黒の聖域については知らなかった。
ミーノスの背後では、ミノタウロスの冥闘士であるゴードンが控えている。 彼は時々、春麗とエスメラルダの方を複雑な表情で見ていた。
沙織達の会話が耳に届いたエスメラルダは、ふと夜空を見上げる。 「黒い神殿の門が開く季節なんですね」 彼女の呟きに春麗やシオンがギョッとする。
「黒い神殿?」 するとエスメラルダは少々浮かない表情で頷いた。 「あの……この島にはそういう伝説があるって……」 彼女は今まで、自分がこの島に奴隷としてやって来た事を他の人に喋るべきか迷っていた。
瞬の様に既に一輝から知らされている人間なら言う必要は無かったが、沙織等の地位の高い存在にはどうしたらいいのか判らない。 周囲の対応などを見ると、沙織の一存で自分は一輝から引き離される事も有り得たからだ。
でも、このまま誤魔化す事はもはや不可能だった。 学のない自分が黒い神殿の話を知っているのは、自分の主人だった農夫が脅迫の一つとして自分に絶えず言い続けてきたからである。
パンドラから預かっている小袋を握りしめ、ポロポロと涙を零しながらエスメラルダは自分の知っている恐ろしい島の言い伝えを話す。 それらは全て、恐怖で彼女を縛りつけようとした農夫の悪意に満ちていた。
「……私が知っているのはこれくらいです」 聞き終えた後、シオンは夜空を見上げる。 星の位置によって、彼は素早く伝承に言われる場所を計算した。
エスメラルダの言葉に迷いはなく、そして的確だった。 「貴女は非常に頭の良い方だ」 ミーノスは感嘆の意を示す。 それと同時に、小さな少女に恐ろしい脅迫を行った農夫の悪意に疑問を持った。
(何故、そんなにも詳しい伝承を知っていたのだ?) 専門家が星を見て位置を把握出来るくらいの情報を、わざわざ少女に言ったのか。
シオンが聖闘士たちに連絡した直後、アルデバランから目的の場所を見付けたという連絡が入った。
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