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統べる者 6

既にデスクィーン島の周辺には海藻や珊瑚などの着生生物以外に生き物の姿はない。
そして海底は火山が活性化しているのか、高温の海水が岩から吹き出している。
死の女王の島は、今や命ある者の侵入を拒絶していた。

カノンは海底神殿にて、デスクィーン島周辺の海図を見ていた。
次々と報告される島の周辺海域の様子を書き込むと、四箇所に異常が発生しているのが判った。
ただ、原因はどうも海の方ではないらしい。
むしろ何処か別の場所の異常が海に影響を与えているようだった。
「……」
着々と進む海闘士達の包囲網。
よもや聖戦終了と同時期にギガントマキアに突入するとは思わなかった。
ある意味どの世界でも闘士達がほぼ完全に揃っているのだから、これ程好都合な時は無いのだが……。
「……あの馬鹿。こんな重大な時に……」
思わずこの場に居ない自分の兄に向かって悪態をつく。
もし巨人族が地上に現れれば、島は崩壊するかもしれない。
ポリュデウケースがこの時代に見切りを付ければ、サガを救うチャンスは二度と来ない。
闘士である事を選んだ時から覚悟をしていた筈だが、それでも諦めきれない自分が居る。
だが、もう二度と海闘士の仲間達を裏切らないと、カノンは決めていた。
この場を離れてポリュデウケースに会う様な真似は絶対に出来なかった。

傍目から見ると厳しい表情で海図を睨み付けているカノンの所に、クリシュナがやって来る。
「まだ、こちらに居たのですか」
「今行く……」
彼は海図を持とうとしたが、クリシュナに取られてしまう。
「クリュサオル……」
「シードラゴン。少々相談があるのですが、宜しいでしょうか?」
「何だ」
真面目なクリュサオルの海将軍は、表情を変えずに言葉を続けた。
「実はテティスがデスクィーン島に行きたいと言うのです」
カノンは言葉が出せず、ただ驚きのあまり目を見開く。
「彼女としては、自分が何故あの島に閉じ込められていたのか知りたい様です」
しかし、今の状態では島が無くなる確率の方が高い。
本来なら諫めるべきなのだが、問題があった。

テティス自身、海の女神との関わりは朧げでしか覚えていない。
だが、五老峰で匿われていたという事は、その期間に自分か海の女神に敵対する存在が、その命を狙っていたのではないかという。
海闘士の自分に対する敵対はささやかな問題。
だが、海の女神に危害をくわえる者がいるという事は、海を守る者として見過ごす事は出来ない由々しき事態だった。

仲間の疑問にカノンは言葉を失う。
ポリュデウケースが女神テティスを嫌い抹殺しようとしている事は、まだ彼らには伝えてはいない。
だが、こうなるとある程度の事が彼らにバレるのは時間の問題だった。
カノンは素早く思考を巡らす。
「……それなら海の女神に仇なす者に、心当たりがある。
だが、その者には筆頭将軍である俺が直々に会わねば事態が泥沼化する」
クリシュナはカノンを見た後、溜息をついた。
「では、それに関してはシードラゴンにお願いします。
その代わりにテティスを連れて行って下さい。 今の彼女に予想外の動きをされたくはありません」
彼は言いたい事をさっさと言うと、カノンの返事を聞かずに部屋を出てしまう。
クリシュナが即決出来る事ではない筈だが、なんの躊躇いも見せなかったと言うのは既に仲間内で話がついているに違いない。
「すまない……」
この大義名分は、カノンをデスクィーン島に行かせる為のもの。
その証拠に人魚姫の海闘士が、神殿の入り口で彼が来るのを待っていた。

テティスはアイザックに言われた事を思い出す。
『シードラゴンは奴と相討ちを覚悟している。
だが、絶対にそんな事はさせないでくれ』
その為に自分は付いて行くのだ。
(絶対にシードラゴン様を連れて帰ります)
テティスは目の前に居る筆頭将軍に笑顔を見せた。