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統べる者 5

太陽が西へと傾き、ハインシュタインの森に暗き世界が忍び寄る。
その中をヒラヒラと舞う淡い光の蝶。
地妖星パピヨンの冥闘士・ミューの“フェアリー”である。

(森は今のところ変化は無さそうだな……)
ハインシュタイン城に居ながら森の様子を探っていたミューは、手伝いの婦人達に声をかけられる。
実は聖域から戻ってきたミーノスから巨人族の動きを知らされて、急遽彼女達を村に戻す事になったのだ。
今夜にはこの城と周辺の森は戦場になるかもしれないのだから……。
しかし、そんな事情を当然知らない婦人達は、今夜の夕食の出来とパンドラの口に合うかどうかを気にしている。
そして夕方には村で待機する様言われたのだから、当然自分の仕事ぶりに問題があったら城では二度と働けないと考えてしまう婦人も居た。
だが、ミューは本当の事を話す事が出来ない。
「とにかく、私の目から見ても皆は良くやっている」
滅多に他者を褒めた事が無いので、この言葉で良いのか彼は考えてしまう。
何せ彼女達の経歴を上司のラダマンティスから見せてもらったのだが、ハウスキーパーとしての職歴が自分の年齢よりも長い婦人達ばかり。
ここまで出来過ぎの人事は、そう滅多にあるものではない。
そして彼女達はミューの言葉に少し安心したらしく、今度は物凄い勢いで厨房や他の部屋を片づけ始めた。

ラダマンティスは窓の外に広がるハインシュタインの森を見る。
ミーノスは既にパンドラへの報告を終え、一度冥界に戻った。
自分達の推測をはるかに超えた速さで、巨人族が地上を目指しているのである。
しかも、その出現場所がデスクィーン島では驚くなという方が難しい。
(こんな事なら、あの二人が調査するのを止めさせなければ良かった)
(いや、あの二人の調査ではもっと面倒な事に……)
彼の思考はしばらくの間、堂々巡りをしていた。
同じ部屋にいたパンドラは、護衛役の苦悩に満ちた様子に本を読むのを止めて面白そうに眺める。
ラダマンティスはそんな女主人の視線に素早く気付く。
「パンドラ様。如何されましたか?」
間抜けなお伺いに、彼女は溜息をついた。
「おぬしは本当に嘘をつくのが下手な男だな」
「はぁ?」
「まぁいい。それがおぬしの良い所だ」
勝手に自己完結されて、ラダマンティスはどう返事をして良いのか判らなかった。
「ところでラダマンティス。 相談したい事がある」
彼女の言葉にワイバーンの冥闘士は、
「何なりと」
と答えたが、内心嫌な予感がする。
「海将軍であるカノンとやらは、双子座の黄金聖闘士でもあると聞く。
闘士の間で地位の兼用というのは可能なのか?」
一番面倒な例を出されて、ラダマンティスは頭が痛くなってきた。
迂闊な返事をすれば、パンドラが自分の予想を超えた事を言い出しかねないからだ。
「……あの者の場合、兼用とは少し違う様に思われます。
双子座の聖衣を纏っていたのは緊急的な事。
その本質は海闘士の方のように見受けられます」
確かにデスクィーン島の地下広場で彼を初めて見た時、驚きはしたが直ぐに納得もした。
あれは兄だという双子座の黄金聖闘士の影に甘んじる男ではない。
「そうか、緊急的な事か……」
パンドラは眉を顰めて考え事をし始める。
「パンドラ様?」
「では、ラダマンティス。
もし私が聖闘士の一人をこちらに引き込みたいと思ったら、どんな緊急事態ならばアテナを納得させられるだろうか?」
彼は別な意味で予想通りの相談に泣きたくなってくる。
そして一応自分の風流を解さない耳を疑った。
だが、冥王の姉君は真剣だった。