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焦燥 6

その頃、邪武が他の青銅聖闘士と聖域の警護をしていると一人の神官が近付いて来た。
その神官は外の世界と聖域との間を行き来する事が多く、一時的に聖域が内側から封鎖されてしまっていたので、外での用事を漸く終わらせて戻って来たという。
その彼がグラード財団からの緊急連絡という封筒を持ってきた。
ここでの財団は女神アテナを匿って守り育ててくれた存在という事で、実は沙織が特別に連絡ルートを作り上げている最中なのである。
邪武はその封筒を受け取ると、十二宮前の広場を目指す。

「お嬢様!」
一角獣の聖闘士は脇目もふらずに、沙織の元へ駆け寄ると預かっていた封筒を彼女に渡した。
沙織は封筒の中身を読むと、あっと声を出したまま青ざめる。
「沙織さん?」
瞬の声に、沙織ははっと我に返ると手紙を素早く封筒の中に戻す。
「何かあったのか?」
星矢に尋ねられて、沙織は
「財団の方で勝手な事をしでかした者がいるという連絡です」
と、怒りに満ちた口調で手紙を握りしめた。
この事態に、沙織は女神アテナではなくグラード財団の総帥の顔になった。
ミーノスが再び此処に来るまでに、財団側のトラブルに目星を付けておかなくてはならないからだ。
彼女はシオンを連れて、財団に連絡を付ける為聖域の外へ向かう。
他の闘士は全員武装しており臨戦状態。
ゆえに沙織のこの判断に異を唱えるものは居ない。
この時、彼らはグラード財団総帥の彼女を知っているがゆえに、ポリュデウケースやギガースとの闘いが控えているというのに財団の方に時間を割く彼女の行動について、何も言わなかった。
疑問に思っても、絶対者に対して意見を言う事が出来る訳ではないのだが……

険しい表情をしながら聖域の町へ行く沙織。
そんな彼女を瞬は何も言わずに見送った。
(ジュネさん……)
女神の試練がどんなものだったのかは判らない。
だが、エリスが偽りを言ってはいない事は判った。
聖闘士であるジュネなら女神の為に命を投げ出す。
大切な誰かを守る為に、それが必要ならば……。自分と同じように。
なのに、全然誇らしく思えなかった。
ひたすら悔しい。
瞬は遣り切れない怒りを感じて、拳に力を込める。
「……瞬?」
紫龍の声を彼は何処か遠くに感じた。
瞬は頭を軽く振りながら、近くにあった折れた石の柱に寄り掛かる。
「瞬、どうしたんだ!」
今度は誰の声なのか。瞬には判らなかった。