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焦燥 1

ミーノスはふと、東洋人の少女が抱えている箱に気が付いた。
(あれは……)
忘れようとて忘れられるものではない。
彼は春麗の前で立ち止まった。

「……」
彼女は五老峰での出来事を思い出して、思わず後ずさろうとする。
目の前に漆黒の闘衣を纏う青年。
この青年はあの時自分の首に手を伸ばした人物の仲間なのだろうか?
だが、動揺しており足が思う様に動けず、引っくり返ってしまう。
紫龍は彼女を支えたかったが、自分が近付けばまた反発が起こり、春麗が傷つくと思い動けなかった。
だが、そんな聖闘士側の事情を知らないミーノスは、咄嗟に春麗の腕を掴んだ。
その瞬間。
今まで傷付いていたグリフォンの冥衣が、瞬時に再生したのである。
しかし箱は何の反応も示していないので、春麗からすれば青年の冥衣がいきなり変化した様に見える。
これにはシオンやムウも驚く。
「箱の影響でしょうか?」
現・牡羊座の黄金聖闘士は師匠に話しかける。
「……多分。 冥闘士は近付いても平気というのは、箱の性質が冥界側に近いのだろう」
元・牡羊座の黄金聖闘士は腕を組みながら答えた。
この時、沙織がゆっくりとミーノスに近付いた。

「グリフォンのミーノス。 貴方に頼みたい事があります」
聖域の女神の言葉に、彼は驚く。
「私にですか?」
春麗は腕を掴まれたままなので、半分硬直してしまう。
しかし、冥闘士と女神は気にも止めずに話を続ける。
「エリスからこの箱をデスクィーン島へ持っていけと言われました」
沙織の言葉に紫龍は驚きの声を上げ、春麗は自分の抱えている箱を見る。
そしてムウとシオンは二人とも苦渋に満ちた表情をした。
沙織は周囲の動揺を無視して話を続ける。
「しかし、聖闘士たちは春麗さんに触れません。 箱が反発するからです。
貴方なら大丈夫な様ですから、春麗さんをデスクィーン島へ連れて行ってくれませんか?」
ミーノスは沙織を見た後、自分が掴んでいる華奢な少女を見た。
「私を信用するというのですか?」
「そうです」
「私がこの少女と箱を略奪するとは考えませんか?」
今、グリフォンの冥衣が復活した瞬間を見た以上、冥闘士にとって箱は有益な道具だという事が判る。
春麗を人質に取れば、時間稼ぎも可能なのだ。
しかし春麗はどうしたらいいのか判らず、そのままじっとしている。
育ての親は冥闘士の存在について、彼女に詳しい事を何一つ教えていなかったからだ。
穏やかに話をする彼と紫龍たち聖闘士が闘っていたという事が、春麗には想像つかない。
そしてミーノスの言い方が、何処か冗談を言っているように深刻さが無かった。
沙織は冥府の裁判官である三巨頭の一人の言葉に微笑む。
「貴方がそのような事を実行する者なら、グリフォンの冥衣は貴方を許さないでしょう。
それに、ペルセポネが私に口添えをしたのです。
冥妃の信頼を損ねる真似を、貴方がする訳が無いでしょ」
自信満々な沙織の態度に、ミーノスは面白そうに笑みを浮かべると春麗を離した。