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琴座の聖闘士であるオルフェは、小高い丘にある岩山の上で竪琴を奏でていた。 懐かしい聖域に戻ってきた事は直ぐに判ったが、その事に関して不思議だとも嬉しいとも思わない。 (ユリティース……) 彼は、最愛の恋人と共に心を冥界へ置いてきてしまった気がした。 彼女が美しいと褒めてくれた竪琴の音色も悲しいとしか感じられない。 今、奏でているのは彼女が好きだった曲。レクイエムの代わりにと、弾いている。 (ハーデスを倒すと決意した時に、全てに決別した筈なのに……) そして曲が奏で終わった時、竪琴の糸が数本切れた。 何やら不吉めいた終わり方であったが、もう彼にとってはどうでも良い事だった。 少し離れた所から、ジュリアン達とダイダロスがその演奏を聞いていたが、誰も彼の邪魔をしない。 だが、演奏が終わったので、ジュリアンは拍手をしながらオルフェに近付いた。 ソレントは茫然とした面持ちでオルフェを見る。 (何故、彼がオルフェウスと同じメロディを弾けるんだ??) しかし、オルフェはこの部外者の存在を一瞥しただけだった。 「オルフェ!」 ダイダロスがオルフェの元へ駆け寄る。 この時初めて竪琴の名手に表情らしいものが表れた。 「ダイダロス!!」 彼は驚いて岩山から降りると、ダイダロスの前に立った。 ジュリアンとソレントの存在は、はなから無視。イオも無視。 向こうからしたらこっちは初対面の人間なのだから、ある意味当たり前である。 「知り合いだったらしいね」 ジュリアンは気にも止めていない。 ソレントは返事もせずにオルフェの事を見ていた。 「オルフェ、どうしてここに……」 ダイダロスの言葉に、彼は辛そうな顔になる。 「……」 そして俯いたきり何も言わない。 「ユリティースには逢えなかったのか?」 ダイダロスの言葉に、ソレントは心臓が飛び出るくらい驚いた。 (確かパンドラさんがエウリュディケーさんの事をそう呼んでいた……) だが、同一人物の事を言っているのか確証が持てない。 「ダイダロス……。 僕は彼女に何もしてやれなかった」 彼は声を殺して泣きはじめる。 するとジュリアンがソレントの背中を軽く叩いた。 「ソレント。君のフルートの音色を聞かせてくれないか?」 いきなりの提案に、ソレントは驚いた。 「ジュリアン様……」 「音楽は人の心を癒すと思う。だから彼の為に、何か優しい曲を演奏してやって欲しい」 ジュリアンの言葉に、ソレントは再び驚く。 『何か優しい曲を……』 冥界のオルクスでエリスはオルフェウスにそう命じていた。 審判役の心が休まる何か優しい曲をと。 (あの曲をやってみるか……) オルフェウスが彼女の為に奏でた曲。 ソレントはその曲を覚えている。 彼は賭けに出る事にした。 持っていたケースからフルートを取り出すと、かの審判役が驚いた後に少し微笑んだ曲を演奏し始めたのである。 |