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「今、私が離れたら娘は死ぬ。レーテーの水が、身体から離れた魂の方に影響を与えているからな。 キグナス、この娘の時間を凍らせろ」 エリスの要求に、その場にいた闘士達は全員驚いた。 「心配するな。私も手伝う」 意外な申し出に、今度は星矢たちの方が驚く。 「本当にあのエリスなのか??」 星矢の言葉に他の三人は答えられない。 どうにも信じられないのだが、信じなければならないらしい。 外野の思惑を無視してエリスは言葉を続けた。 「他の闘士達にも言っておくが、アテナとパンドラは試練として、ある種の泉の水を飲んでいる。 絶対に二人から目を離すな。 忘却の水なら何とかなるが、記憶の水だった場合、目を覚ました途端に忌まわしい記憶を呼び起こされて、心が壊れるかもしれない」 ラダマンティスは驚いてパンドラの顔を見る。 辛い時代を過ごした彼女が望んだ、冥闘士の復活の代償がそれでは酷過ぎる。 (パンドラ様……) 勇猛なる冥闘士は彼女を強く抱きしめた。 エリスは再び氷河の目を見る。 「時間が経てば経つほど娘を救う可能性は減るぞ」 アルデバランから女神の試練を聞かされた時は信じられなかったが、今エリスを疑うわけにはいかない。 エリスと絵梨衣の繋がりを否定する事は、恋人の運命に対して逃げる事に他ならないから。 「絵梨衣……」 氷河はアイザックから恋人の身体を受け取る。 エリスは何も言わずに目を瞑っていた。 「絶対に君を助ける」 氷河がそう誓った後、二人を中心に空気中の水分が凍るダイヤモンドダストのような現象が起きた。 小さくも多くの光は乱舞し、広場を輝かせる。 氷河は自分の身体から痛みが消えて行くのが判った。光が彼の身体を癒してくれているらしい。 そしてその煌きが辺りを包んだかと思うと、あっさりとその現象は終わった。 氷河は薄い光の膜に包まれた少女を抱きしめている。 「氷河!」 瞬が慌てて駆け寄る。 その時、何処からか女性の声が聞こえた。 『キグナス。一瞬だけ娘の意識に触れる事が出来た。 娘の魂は氷の世界にいる』 そしてエリスの声はそれっきり聞こえなくなる。 瞬は、この様な場面を何処かで見た事があるような気がしてならない。 (確か……。エリュシオンで……) 冥王と一緒にいた時に聞こえた謎の声の主。 (もしかしてあれはエリス?) それでは、冥王の伝言は争いの女神に言えば良いのだろうか。 冥王自身がはっきりとした事を告げていない依頼ゆえ、瞬は断定することが出来なかった。 |