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不安 3

聖域の人気のない道端では、ダイダロスに名を尋ねられてスキュラのイオは非常に苦しい立場に立たされていた。
彼としては自己紹介は誤魔化した方が安全なのだが、ジュリアンのいる前で嘘をつく訳にはいかない。
ダイダロスはそんな彼の困惑を、好意的に解釈した。
「何か訳がありそうだな。ならば詳しくは聞くまい」
「すまない。イオとだけ名乗っておく」
そんな二人の会話に、ジュリアンは
「イオはシノビの人なのかな?」
と、ソレントに尋ねた。
「シノビ?」
「星の子学園で聞いたんだよ。 昔、日本ではトノサマに仕えるシノビがいたそうだよ」
「あぁ、忍びですか」
ソレントは溜息をついた。 ジュリアンの考えている事がよく分からなくなってきたからである。
だが何も知らないはずだと思っていても、もしかすると全部知っているのではと思えてしまう節もある。
それにしても何でいきなり日本のシステムをここに持ってくるのかが判らない。
「仕方ないね。ここでは私たちは警戒されるべき存在だ」
ジュリアンの言葉に、ソレントはドキリとした。
(やはり、何かに勘付かれているのか……)
ソレントがジュリアンに話しかけようとした時、何処からか竪琴の音色が聞こえてきた。
彼は顔を強張らせて、辺りの様子を見回した。
(この音色は……)
冥界のオルクスでも聞いた曲が流れている。
(そんな筈がない。オルフェウスは……)
ソレントの中で確認したいという欲求が膨れ上がった。
(駄目だ。今はジュリアン様を……)
そう心の中で叫んだ時、イオがソレントの肩を揺すった。
「おい!ジュリアン様が何処かへ行かれるぞ!」
「えっ!」
ソレントが辺りを見回すと、ジュリアンは少し離れた所を早歩きしている。
「待って下さい。ジュリアン様!」
しかし、彼の主は立ち止まる気は、さらさら無さそうだった。
「おい、セイレーン」
イオが小声でソレント耳元に話しかける。
「本当に今のジュリアン様は、ジュリアン様なのか?」
その問いにソレントは驚く。
「何を言っているのですか!当たり前じゃないですか」
彼はそう反論しながら、何処か不安が残った。
「どうしたんですか」
「いや、気のせいかもしれないが、さっきジュリアン様の手から火花が散った時、鱗衣が一瞬震えたんだ」
「鱗衣が?」
「気のせいなら構わないのが……、セイレーンも注意してくれ」
そう言ってイオはジュリアンの後を追った。
『やはり罪は償わなくてはいけないようだな……』
夕暮れの海に呟いた謎の言葉は、海皇自身の言葉だったのだろうか。
(まさか……)
ソレントは考えを振り払うかの様に頭を横に動かすと、ジュリアンを追いかける為に駆け出した。
そしてダイダロスも、聞こえてくるメロディに覚えがあった。
(もしかしてこれはオルフェの……)
彼は三人と同様、音の聞こえてくる方向へ歩きだした。