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不安 1

復活を果たした冥闘士たちが最初に見た風景は、優しい眠りについているハインシュタイン城の森だった。
普段なら百五体の冥衣が放つ妖気で動物たちは逃げまどう筈なのだが、そのような動きは微塵にも感じられない。
ハーピーのバレンタインは直ぐさま自分の上司の姿を探した。
(ラダマンティス様!)
彼らは目覚めた者から次々と他の者たちを起こし始める。
ほぼ全員が復活したのだという事は、冥闘士たちの顔を見れば判るのだが、何故復活できたのかは判らない。
だが、彼らはそのような理由に頭を悩ませて、時間を無駄にする様な事はしなかった。
「ミュー、ラダマンティス様を見なかったか!」
「いいえ、クィーンやゴードンも探しているのですが、ラダマンティス様は何処にもいらっしゃいません」
それどころかミーノスとアイアコスも居ない。 冥闘士たちは不安な気持ちになる。
バレンタインの心は締めつけられる様な痛みで呼吸することも辛かったが、とにかく冥闘士たちがバラバラにならないようにすることにした。 ミーノスやアイアコスの主な部下たちも、バレンタインの意見に従う。
「とにかく我々はハインシュタイン城に戻ってきたらしい。 以前と同じなら、冥界への入り口があるはずだ」
彼の意見で、冥闘士たちは城や暗闇に包まれている庭園へ散らばる。
しばらくしてバレンタインの元へ、冥界への入り口が見つかったという連絡が入ってきた。
その場所は城の中ではなく、庭園の最も奥まった所にある古い物置小屋の中。 冥王が以前眠り続けていた場所である。
だが、見つかったといって彼らが直ぐに冥界へ降りた訳ではなかった。
別の騒ぎがハインシュタイン城内で発生したのである。

「いったい何がどうなっているんだ」
城の様子を調べていたバジリスクのシルフィードは、自分の足元で気を失っている雑兵の事を見た。
「シルフィード、殺したのか?」
アルラウネのクィーンが近付く。
「いいや、同じ冥闘士を殺す技は持ち合わせていない。 気絶させただけだ」
城に入り、中の様子を見ていただけの筈なのだが、いきなり雑兵がシルフィードを攻撃したのだ。
勝負は一瞬でついたが、その時の雑兵の様子は明らかに正気ではなかった。
そしてそんな騒ぎがハインシュタイン城の周辺で幾つも起こったのである。
「とにかくこいつを外に放り出しておこう」
城の中をめちゃめちゃにしたとあっては、後でどんなお叱りを受けるか判らないからである。
(パンドラ様もいらっしゃらないが、何処かでご無事ならいいが……)
自分たちの上司は、もしかするとパンドラの護衛の任についているのではないかと思わない事もない。
シルフィードは雑兵の両足を持つとそのまま引きずって、外へと歩きだした。
別の場所からはミノタウロスのゴードンとバルロンのルネが同じように気絶した冥闘士を引きずっていた。
「攻撃されたのか?」
シルフィードがゴードンに尋ねる。
「攻撃とは言えない。俺に掠り傷一つ付けられないのだからな」
「なるほど」
シルフィードはもっともだと思い薄く笑った。
「ですが、彼らが正気でなかったというのが腑に落ちません。 発作的に攻撃してきたようです」
その時、ルネの引きずっていた冥闘士がうわ言を呟いた。
「パンドラさ……は我々……裏切った……」
その言葉に三人は立ち止まる。 ルネに至っては掴んでいた冥闘士をいきなり殴りつけて、起こしはじめた。
「お前、乱暴すぎるぞ」
だからと言って止める気はさらさら無い二人だった。
「良いのです。真相をまず確かめなければなりません。 この者が偽りを言っているのなら、それ相応の罰を与えねば冥闘士軍の規律を守る事は出来ません」
しかし、目を覚ました冥闘士は再びルネを攻撃しようとした為、結局ルネは彼を再び気絶させねばならなかった。