そして、男たちの姿はほとんど無くなり、元霊廟であった場所の前にいるのはエリスと春麗の二人だけになる。
「シュンレイ。人払いをしたから、もう喋っても大丈夫だ」 弱々しく微笑まれて、春麗は悲しくなってきた。 「エリスさん……。テティスさんは……」
そこまで言いながらも、どうなったのですか?とは聞けない。 誰もが判らないから、こうやって動いているのだから。 「もしかすると、テティスはようやく自由になったのかもしれない……」
エリスの何かほっとしているかの様な言葉に、彼女は少なからず驚いた。 「どうしてですか?」 「別の世界から来たシュンレイだから話すが、テティスがあんな調子になったのは自分を呪い続けた所為だ」
エリスの言葉に、春麗はドキリとする。紫龍が聖域へ行ってしまった後の自分の姿を思い出したからである。 孤独感と不安と祈りと自分の無力さを呪った一夜。
あの後にエウリュディケーと出会わなかったら、貴鬼がやって来なかったら、自分もまたどうなっていたか。 そう思うと、春麗は胸が痛くなった。 「なんで、テティスさんがそんな事を……」
深く聞いてはいけない事かもしれないが、春麗はテティスの事が他人事とは思えない。 エリスも彼女の真剣な瞳を見て、優しく頭を撫でた。 「シュンレイ、想像してくれ。
自分がとても可愛がっている子を、謀略によって失う。 しかも謀略の手先となったのは、自分が恋い慕う男だ。 そしてその男は、もうすぐ海将軍の一人となって海を守る任務につく」
あまりの内容に春麗は何も言えなくなってしまった。 「最も許しがたいのは、事件など無かったかのようにその子の存在は消された。 それ故に、テティスは恋心を捨てられない事を謀略の犠牲となった子に謝り続け、仇を慕う自分を呪い続けている」
エリスは春麗から視線を逸らすと、ぽつりと呟いた。 「あの子が一番、テティスの恋を応援していたんだがな……」 そう言う競いの女神もまた、『あの子』をとても可愛がっていたのだろう。
(テティスさん……) 春麗は何も無くなった空間を見つめた。 きっと自分を責め続けている海の女神の心には、誰の声も届かなかった。
『何も分かっていないうちに結論を出しては、きっと後悔しますよ。 この地を離れるのも、愛しい人に別れを告げるのも、はっきりした事が分かってからでも遅くは無いと思います』
春麗の脳裏に、優しい精霊の声が蘇る。 (エウリュディケーさんは、私を止めてくれたんだわ) 逃げていたところで、不安定な心は永遠に自分を捕らえ続ける。例えどんなに辛い現実が待っていようとも、真実を見つめ判断する。
そしてそのような苦難を克服してこそ、自分の考えに従う事に意味があるのだ。 (……エウリュディケーさんに二人を返したら、貴鬼ちゃんに聖域へ連れて行って貰おう。
そして二人の事を聞こう) そう考えた途端、春麗の身体が七色の光に包まれる。 「シュンレイ、もう帰るのか?」 そう言いながらもエリスは驚いた素振りも、引き止めようともしない。
「エリスさん、テティスさんが戻ってきたら……」 そう言いかけた直後、春麗は目の前が真っ白になって、目を開ける事が出来なくなってしまった。 |