部屋の外の様子が何やら騒がしい事に、春麗は自分の事が海闘士に知られたのかと思った。 不安げに扉の方を見る。エリスは春麗の腕を掴んだ。
「シュンレイ。私が良いと言わない限り、一言も喋るな」 そう言って、女神は彼女を引っ張りながら部屋を出た。 「何があったんだ!」 エリスの不機嫌そうな物言いに、呼び止められた海闘士の一人が春麗の方を見た。
「エリス様、この方は……」 春麗はこれから自分がどうなるのか不安はあったが、言われた通りに沈黙し続けた。エリスはさらに険のある口調になった。 「私の知り合いだ、心配するな。
それより何があった」 女神の剣幕に、彼は直立不動の態勢で答える。 「はい。霊廟で異常事態が起こったので、海将軍様にご連絡しようと……」
「異常事態?」 「霊廟そのものが消えてしまったんです」 海闘士の言葉に、エリスの顔が青ざめた。
春麗は広い神殿の中を、エリスの後ろを付いて歩いた。一言も喋るなと言われてはいるが、意識して沈黙するというのは結構辛いものがある。
彼女は何も言わないが、テティスが未だに自分達の前に現れないのだ。 (まさか、テティスさんに何かあったんじゃ……) 何処かで飲み物の用意が出来たと言って、自分達を探していて欲しいと春麗は心から祈った。
そして何処からか男達の声が聞こえた時、エリスが春麗の方を向いた。 「奴らはかなり興奮している。 シュンレイは私から離れるな」 そう言って彼女は手を差し出した。
春麗はその手を取る。女神の手の温かさに、彼女は少しだけ安心した。 (エリスさんは私の味方になってくれる) さっき初めて会ったばかりなのに、春麗は何故かそう信じることが出来た。
「何を動揺している!
お前達はあの子の自慢の闘士だろう。冷静になれ!」 エリスの怒りに満ちた一喝に、男たちは一瞬、何処か寂しそうな表情になった。 そして女神と海闘士との会話で、春麗はそこに部屋があったという事を知る。
しかし、その場の異常さを見たら、誰もが慌てるに違いない。何せ初めてその場所を見た春麗は、そこは中庭を囲んだ回廊だと思ったくらいである。 (部屋そのものが消えちゃったんだわ)
今、その場所には青い水の世界が輝いていた。 「ところで海将軍どもは何処にいる」 エリスの問いに海闘士の一人が答える 「海将軍様たちは、只今職務についておりまして、どなたもこの神殿にいらっしゃいません」
「まぁ、そうだろう。あいつらはテティスの前に顔を出せる訳が無い。 ところで、誰かテティスを見かけなかったか?」 エリスの問いに、春麗は思わず良い返事が返って来る事を祈った。
しかし、その願いは無残にも打ち砕かれた。
彼らは誰も、テティスの姿を見てはいなかったのである。
「とにかく海将軍どもを呼び集めろ。
それから海妃アムピトリーテには絶対に知られないようにしろ」 エリスはてきぱきと海闘士たちに指示を出す。彼らは言われた通りに動きはじめた。 (エリスさんって、いったいどんな立場の女神様なんだろう)
春麗は改めて自分の味方になってくれている女性を見たが、彼女は厳しい表情で闘士たちに命令を下していた。 |