ポセイドン神殿の中は静まり返っており、海闘士のテティスは周囲を見回しながら一抹の不安を感じていた。
(誰もいないなんて……) 神殿に入ってから色々な場所を見てみたが、海将軍の姿どころか雑兵の姿さえ見つけられない。 だからといってここが廃墟とは思えなかった。
(これは夢?) 夢ならば、なんて寂しい光景だろうか。 空っぽになってしまった自分を象徴しているかのようで、テティスはこの場にいることが段々と辛くなってきた。
(ポセイドン様も海将軍さま達もいらっしゃらないのに、私一人でここに居なくてはいけないという事なの?) 彼女は胸が潰れるかと思うほどの悲しさで、近くの壁にもたれかかった。
小さい頃より人との交流が少なかったゆえに、その時は自分が孤独であるとは思いもしなかった。 だが皮肉にも海闘士として仲間を見つけ、同じ目的の為に力を尽くした経験が、彼女に孤独とはどんなものかを教えることになる。
(皆が居ないのなら、ここには居たくない。) テティスは溢れ出る涙を拭いながら、神殿を出る為に来た道を戻ろうとした。 その時、彼女は懐かしい声を聞いた。
それは人の呼ぶ声ではなく、鱗衣が主を呼ぶ意識だった。 (人魚姫の鱗衣が、ここにあるんだ!) 初めて人魚姫の鱗衣と出会った時のことが、思い出される。
例えようもない異質さを感じながら暮らすことに疲れて、いつものように海をみていた時に呼ばれた声。 この時、テティスは家族や今までの暮らしを失うことに何の躊躇いもなかった。とにかく自分の居場所を見つけた事が嬉しかった。
そして、人魚姫の鱗衣が導くままにポセイドンの海底神殿へ行った時に、筆頭将軍の青年と会った。 (シードラゴン様……) 青年の顔を思い出した時に、テティスの心は痛みに疼く。
(シードラゴン様はアテナ側の闘士……) ポセイドンの三叉の鉾から、アテナを守る彼の姿を見た時、テティスは彼に裏切られた気がした。 だが、何故か怒りよりも、ただひたすらに悲しかった。
そして彼が海底神殿で待っていたのは、海闘士ではなくアテナだったのではと思えた。 (あの方は聖闘士として生きるべき人だったんだ……) だが、そう思い込もうとすればするほど、それでも彼を想う気持ちをどうすることも出来ない事が辛い。
テティスは声の聞こえる方へと歩き続けた。 そして彼女はとある部屋の前に、辿り着いたのである。 その場所はどう見ても特別な場所という雰囲気があった。
(ここは……?) 自分の記憶では、ここに部屋はない。広い中庭があった筈である。 では、ここはポセイドン神殿では無いのか。 彼女はゆっくりと扉を開けた。
(あっ!) その部屋の中央には、人魚姫の鱗衣があった。 (これは……) 部屋の様子に茫然とした彼女は、自分の背後に人が立っていることに気づくのが遅れた。
慌てて振り返った時、テティスは信じられないものを見てしまう。 「誰!」 自分とそっくりの女性が、やはり自分を見て驚いているのである。
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