その強い輝きと勢いのある光の中で、女海闘士のテティスはある夢を見ていた。 (あぁ……そうだった。私、人間だったんだ……)
今まで自分は魚だと思っていた。 だが、この光の渦の中で沸き上がる思い出は、記憶が今まで欠落していた事を彼女に気付かせた。 幼いころから海がとても好きで、将来魚になりたいと言って周りの大人に笑われた事がある。
そして親が自分に付けてくれた名前に違和感があって、その名前を嫌っていた。 (私の名前はテティス……。それ以外は知らない……) 彼女には奇妙な能力があった。
海の生物なら、どんな生き物とも会話をし、そして精神を同調させる事が出来た。 お気に入りは七色に輝く鱗を持った魚。 その魚ならば、不思議な事にどんな場所の海でも泳ぐ事が出来た。
何故その魚にはそのような能力があったのかは判らない。暖流でも寒流でも、その魚は難なく泳ぎ、彼女に海の世界を見せてくれた。 ある時、彼女は浜辺に打ち上げられてしまう。 同調に慣れていた頃の油断が原因だった。
精神の同調中に生き物が死ぬと、ほとんど身動きが取れないくらいのダメージを受けてしまう事を、彼女はこの時気がついた。 意識が朦朧としていた時、海皇の依代であるジュリアンに命を救われた。
彼の優しさは、嬉しかったと同時に彼女の心を激しく動揺させた。 何故なのかは判らない。ただ、ドキドキした。 ソロ財団の跡取り息子と判ったのは、しばらく後の話。
そして人魚姫の鱗衣を手に入れた時、何故か彼女は人間の時の記憶をかなり失った。 (あの時の気持ちを、私は恋だと思った……) 運命の出会い。叶わない恋。
だからこそ、自分が海闘士の一人になりジュリアンがポセイドンとなった時に、全てを捧げる覚悟で闘い、彼の命を助けた。 そうする事でしか自分の気持ちを確かなものに出来なかった。
何故ならポセイドンであるジュリアンを慕う反面、彼をその手で殺したい気持ちもあったのだから……。 (あの方を救う事で、自分の中の殺意を否定したかった……)
彼女はそれを独占欲ゆえの殺意だと思った。神である主を殺したいと思う気持ちの浅ましさに、テティスは誰にもそれを言えなかった。 (知れば七人の海将軍はきっと私を裁くだろう)
当たり前の事だと、彼女は呟く。 だが、さっさと裁かれれば、この苦しみから逃げ出せるという誘惑もあった。 (シードラゴン様……) 自分たち海闘士の筆頭将軍である青年の事を思い出す。
いつも気がつくとテティスは彼の事を目で追っていた。 (もう一度、シードラゴン様に会いたい……) 会って声が聞きたかった。彼の声を聞くと、何故かとても嬉しかったから。
多分、それは目上の存在に声をかけられたからだと思っている。 テティスは光の中で、これから永遠の眠りがやってくるのだろうと思っていた。
だが、周囲の光は徐々に力を失い、懐かしい風景を現し始めた。 (ここはポセイドン様の神殿??) しかし、今の神殿は聖闘士との闘いでほぼ壊滅してしまったはずである。
なのに目の前の光景は、そのような事は無かったと言うくらい綺麗な神殿だった。 テティスは恐る恐る中へ入った。 |