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眠りゆく王 3

「もしかして、その姉上って……」
『姉上は13年間、余を育ててくれた。 自らの記憶を消していたのは、きっとゼウスやポセイドンの目から逃れる為だろう。
結局、神代の頃の肉体に執着などしなければ、もっと早くに姉上だと判ったのに……』
冥界の王の運命は皮肉に満ちていたらしい。
『聖戦中に気づかなかったのが、返す返すも悔しい。
地上を守る為にフェニックスに味方した時にも、もしかしたらと思った程度だった。
もし、あの時に判っていたら、タナトスも姉上に危害を加えたりはしなかった』
ハーデスは悔しそうな顔をしていた。 その人間味に溢れた様子は、聖戦の最中に闘ったハーデスと同一とは思えず、瞬は言葉を発する事が出来なかった。
別人が目の前にいるような気がするのである。
『姉上はどんな状態でも、最後には地上を守る方を選ぶ。 自分を傷つけると判っている人間を守る為にだ!』
ハーデスの最後の言葉は、かなりの怒りが込められていた。
(それじゃぁ……。パンドラは……)
『どういうわけだか、姉上も冥妃も自分を滅ぼすかもしれない存在を慈しむ。
神代の時の聖戦に至っては、余の所までペガサスを導いたくらいだ!
どれほど傷つけば、姉上たちは人間たちの傲慢さに気がつくのだ』
その強い眼差しに、瞬は息を呑む。
「もしかして、仲が悪いとか……?」
つい、下世話な事を尋ねてしまう。 瞬は自分の言葉に背筋が寒くなった。
『姉上たちには、余のやることは何もかも気に入らないだろう。
いつも悲しそうな顔をしている』
「その理由を聞いたことは?」
『無い。父神に疎まれた余だ、理由など自ずとわかる』
ハーデスが吐き捨てる様にいったセリフに、瞬は不愉快になった。
「だったら、ちゃんと尋ねるべきだ」
『尋ねるだと』
「そうだよ。 そして、自分の気持ちを伝えるべきだ」
瞬は自分の言葉にはっとなった。
不意に、涙ながらに自分の身を案じてくれた女性の顔を思い出したからである。
(僕……、ジュネさんに……)
仮面を取って想いを告げてくれた彼女は、あの時、心を曝け出してくれた。
だが、自分は大きな使命の方に突き動かされて、彼女の想いに対して何も答えていない。
彼女がいつの間にか城戸邸を去ったと聞かされた時、直ぐに結論を出さなくて済んだ事に安堵した。
(ジュネさんとは顔を会わせづらいから避けていたけど、凄く酷いことをしたんだ)
何もしなかったという仕打ちの残酷さに、瞬は自分自身に腹が立った。 これでは冥王に説教をする資格はない。
だが、ハーデスは瞬の方を見ていないので、彼の表情の変化には気づいていない。
『……もう、遅い。 姉上はあの聖戦の最中に人としての命を終えた。今頃、天上界へ戻っている。
今度こそ、愛想が尽きただろう』
その時、今まで何の動きも見せなかったエリュシオンの大地に、爽やかな風が吹いた。
そして、二人の耳に女性の声が届く。